坂入健司郎
サラリーマンでありながら自ら楽団を組織し〈指揮者〉というポジションの可能性を拡充する風雲児
サラリーマンでありながら自ら結成した2つのオーケストラを率い、高い芸術的成果を上げていることが新聞や雑誌で話題となっていた指揮者、坂入健司郎がついにメジャーデビュー! シェーンベルクが1912年に作曲したソプラノと5人の器楽奏者によるメロドラマ《月に憑かれたピエロ》という意表を突いた曲目だ。
この曲との出会いが「大学生の頃、YouTubeを観終わったときの関連動画として突然流れた」というのが今風であるとともに運命的だ。そのときの衝撃を「あまりにもモダンかつロマンティックで、にわかに100年以上前に書かれた作品とは思えず、僕にとっては《春の祭典》(ストラヴィンスキーが1913年に作曲)よりもセンセーショナルな作品でした」と語っている。初めてこの作品を指揮したのは「2017年、銀座・東急プラザのキリコラウンジにて室内楽編成で好きな曲を指揮して欲しい、と企画を頂いたとき」で、1年前に自ら結成したプロのオーケストラ、川崎室内管弦楽団の5人の奏者と、翌年マーラー《千人の交響曲》での共演が決まっていたソプラノの中江早希とともに演奏した。
この時は「シェーンベルクが求める不気味な雰囲気を醸し出すこと」を意識し、銀座の夜景を見下ろすガラス張りの空間も相まって、「想像以上に背徳感を掻き立てられるような雰囲気の演奏会」になったという。しかし、その一年後、マーラー《千人の交響曲》を指揮した際、「実に見事なほど譜面に全ての内容が詰まっていて、指揮者は賑々しく演奏する曲ではないこと」を痛感。その後、続くマーラーの交響曲第9番の研究に没頭したところ、《千人》の約3年後にマーラーの第9が、そしてその3年後に《月に憑かれたピエロ》が完成していて、「音楽史上においても例をみないほど急速に音楽が発展しているのですが、根底の音楽は似通った部分が多く、脈々とウィーンの音楽が続いている」ことに気付いたという。こうした体験を経て、演奏会と同じメンバーで作品に再び挑んだのがこのCDである。坂入健司郎から本誌の読者宛にメッセージをいただいた。
「シェーンベルクだから、無調だから、不協和音があるから、という苦手意識がもしあるなら、きっとその苦手意識を忘れてしまうほど、自然に音楽が入ってくると思います。奏者発信の常軌を逸する表現を極力避けました。ソプラノと楽器の絡みも、〈こんなにハモっていたのか!〉と思っていただけるかと思います。是非、ツマミ聴きではなく、コーヒーを片手にステレオの前でじっくり楽しんでいただきたい作品です」。 *板倉重雄
PROFILE: 坂入健司郎
指揮と奏者がシナプス的融合を遂げた、超高濃度のアンサンブルセッション
1988年生まれ、神奈川県川崎市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。これまで指揮法を井上道義、小林研一郎、三河正典、山本七雄各氏に、チェロを望月直哉氏に師事。13歳ではじめて指揮台に立ち、2008年より東京ユヴェントス・フィルハーモニーを結成。これまで、J・デームス氏、G・プーレ氏、舘野泉氏など世界的なソリストとの共演や、数多くの日本初演・世界初演の指揮を手がけている。2016年、新鋭のプロフェッショナルオーケストラ、川崎室内管弦楽団の音楽監督に就任。マレーシア国立芸術文化遺産大学に客演するなど海外での指揮活動も行なっている。