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染谷大陽(Lamp)

普段Negiccoでやっている曲とは違うな

――最初に聴いたときは、先ほどの話にもあったように、今までのKaedeさんソロにはなかったアプローチの曲ばかりだったのでとても驚きました。

染谷「もちろんポップスとしてヴォーカル作品として良いものを残すというのは大前提なんですけど、いつの時代のどの国の人が聴いてもなにかを感じられるようなものをやりたかったという感じです。一言で言うと本気でやったというか(笑)。歌もよく録れていますし、楽曲の仕上がりにも満足していて。自分で聴くのが楽しいですし、リリースされてみんながどういうふうに思うのかな、びっくりするのかなとか、そういう楽しみな気持ちがいまはあります。ガッカリする人もいるかもしれないですけど(笑)」

――ガッカリはないと思います(笑)。お二人が思うKaedeさんのヴォーカリストとしての魅力はどんなところでしょう。こういう部分を引き出したいというのはありましたか?

染谷「前回やったときもそうだったんですけど、声から感じられる成分に切なさみたいなのがすごく多くあって、そこがKaedeさんの魅力だと思います。青春期の切なさみたいなのが自然と醸し出される感じ。特にダブル・ヴォーカルにしたときとか裏声になったときに感じますね」

角谷「Lampのヴォーカルの(榊原)香保里さんやウワノソラの(いえもと)めぐみさんとは声質がまったく違うんですけど、どこかに消えちゃいそうな儚い感じというか、偶像的な声の要素があって、だけどそのなかに真っ直ぐ芯が通っていて。Kaedeさんの歌が入ったとき、仮歌とは違うところの魅力が増した印象がありました。すごくいいなと思いました」

――Kaedeさんから見た二人の楽曲の印象は?

Kaede「やっぱりすごい複雑で難しいというのがあって(笑)。なんというか、情報が多いというか」

染谷「言おうとしていることはわかります」

Kaede「普段Negiccoでやっている曲とは違うなって。Lampさんの曲もウワノソラさんの曲も聴いていると、もったいなくて、あとで聴きたくなる音楽なんですよね(笑)。お二人ともそういう魅力のある曲を作られている方々だと思っていたので、まとめて5曲いただいたときは、ああどうしようって思いました。ありがたいなって」

――チャレンジングな曲が多いと思うのですが、なかでも“セピア色の九月”はリズムやテンポ・チェンジがすごい曲だなと思いました。

Kaede「“セピア色~”は特に歌うのが心配な曲でした(笑)」

染谷「これはLampの永井(祐介)の作曲で、もともとはギターでじゃーんじゃーんじゃーんじゃーんと四分で弾いた平坦なバラードだったんです。それを聴かせてもらったときに、これをこのままバラードとしてやったらつまらないなと思って。永井本人もそこまで満足してないみたいだったので、アレンジを僕にやらせてって言って、リズムを変えて作ったといういきさつがあります」

――楽曲はそれぞれで作られていったと思うのですが、どちらの曲にも榊原香保里さんが作詞で参加されているのが面白いなと思ったんです。

染谷「僕が2曲、Lamp永井が1曲、角谷くんが2曲という振り分けだったんですけど、歌詞作りはみんな結構苦手なので、香保里さんに頼む曲はそれぞれ頼むという感じにしたら結果的にこうなりました。やっぱり角谷くんの曲で香保里さんの歌詞というのはいままでにない組み合わせなので一番面白いですよね。“さよならはハート仕掛け”は面白い曲になったなと思います」

――“さよならはハート仕掛け”は歌詞カードを見ると、ハートの形になるように言葉が並んでいるのが非常にユニークですよね。これはどのように出来ていったのでしょうか。

角谷「僕は香保里さんの歌詞も好きだったのでこういう機会にお願いしたいなと思っていまして。メロから作るよりも香保里さんの詞先で作ってみたかったので、〈(詞先で)お願いできますか〉ということになったんですが、香保里さん自身もLampで詞から先に作ったことがないのでどうしようみたい話になって。じゃあ、なにか家の形とかに言葉を当てはめて作るとかで制限を設けようという考えになったんですよね。それで送られてきたものがハート型だったんです。びっくりしたし、感動しましたね。こんな素敵なことをする人がいるんだと幸せに感じました」

――角谷さんがハート型を指定したわけではなく、送られてきたものがそうだったんですね。

角谷「はい。どこから着想を得たのか聞いたら、寺山修司の『ハート型の思い出』(※文字列がハートの形になっている詩)が高校生の頃に好きだったと言っていました。で、そこにメロを乗せていった感じです。ワクワクしながら作りました。メロとの兼ね合いで歌詞が足りなくなったので、ハートをもうひとつ追加注文したんですけど、香保里さんは〈3つのほうが絵的にはよかったなぁ〉みたいなことを言ってましたね(笑)」

――その曲を受け取ったKaedeさんは?

Kaede「ただただすごいなって。角谷さんも仰っていたけどハートの形にはびっくりしたし、ハートの形に当てはめるために漢字で書いてるけど読みは違うみたいな部分が何箇所かあって。それもオシャレだなと思いました」

角谷「その文字に魂を吹き込んでやっと動き出したというか。Kaedeさんがいたからこそ完成したんだと思います」

――また、染谷さんにお伺いしたいのが楽器や声の位置についてです。ヴォーカルが右にいたりするパンニングはやはり耳を引くところで。

染谷「本当はもっとオーヴァーにやりたかったという気持ちもありつつ、今回、僕がやりたかったことはある程度できたかなと思っています。長くポップスをやってきて、感覚的に良いと思う音楽を作り続けてきたつもりなんですけど、何かを作ろうと思ったときに、僕のなかにはあまのじゃくだったりへそ曲がりだったりする部分が多分にあって。今回も、既成概念というか固定観念みたいなものを崩すようなことをやりたいなと考えていたんです。

ビートルズの時代にステレオというものが出てきて、あの時代の音楽を聴くと、たとえば右には声しかなくて左には演奏しかないみたいなことがあるじゃないですか。そう聴くと変なことやってるなと思うんですけど、みんなはビートルズを聴いたときに、別に変なパンニングだなと思わずに自然に聴いてるんですよ。結局、どんなパンニングであろうと良い音楽って良いと思うんです。それが前提としてあるなかで、いまの時代ではあまりやられていないことをやってみたくて、そういうことに挑戦しています。実際、右側に声を置いてみて、気持ち良く聞こえるところを探していく作業をしました」

――お話を聞いていると、本当に自由に実験的なことをやったりしているんだなと感じます。

角谷「そうですね」

染谷「挑戦しないとつまらないですしね。角谷くんと初めて音を一緒に扱ってみて、どういうアイデアが出てくるんだろう、僕も面白いことをやりたいという意欲がありました。」

――雪田さんのほうからこうしてほしいという大まかなディレクションなどはあったのでしょうか。

染谷「何かあるのかなと思ったんですけど、まぁ、なくてですね(笑)。最初からミックスまで全部お任せしたいと仰ってましたし、だったらそういうつもりでやろうという感じでした」

――何かしらの制限があったほうがやりやすいということもないですか?

染谷「ああ、わかります。その意味では制限ではないけど、リリースが9月ということが決まっていたので、テーマとして秋というのがあったのはちょうどよかったですね」

角谷「僕の場合はLampの人たちがいたので、普段やっているようなサウンドというよりも、トータルで考えました。例えばここで僕がウワノソラ'67みたいな感じのことをやったら完全に崩壊しちゃうなとも思いましたし。最初に染谷さんが作ったデモを2曲、〈こんな感じなんだけど〉って聴かせてもらって、その音楽の要素が大好きだったので、それに通じるものも表現できたらなという感じでバランスはずっと考えてました」

――染谷さんの出方を見てから考えたというか。

角谷「はい。お互いの取り決めとして、普通のミディアム的な曲もしくはバラードを1曲と、アップテンポな曲を1曲作ろうという話もありました。ちょっと制約の話からは離れちゃうかもしれないですけど、僕自身は染谷さんとLamp側との兼ね合いというのを考えてました。あとは実験的な、挑戦的なことをする。かつ、それがあまりにも大衆的なものから離れるのもイヤだったので、そういったところも気にしつつ。ただ、やっぱり色が強いので、賛否両論あって当然だし、それが真っ当な反応だとは思っています。嫌いな人は嫌いだろうなと(笑)」

――嫌いということにはならないと思います(笑)。

Kaede「Negiccoを応援してくれている人のなかにも、もともとお二方の音楽を好きで聴いている人も多いので、リリースの発表があったときはみんな喜んでましたよ。どんな感じになるんだろうって」

角谷博栄(ウワノソラ)

不安はあったけど、すごくいい作品になった

――3人とも、仕上がりを聴いた感想としてはいかがでしょう。

Kaede「すごくいい作品になったんじゃないかと思います。私のヴォーカルだけが心配で……歌を乗せたら〈曲はいいけど歌はイマイチだよね〉っていうことを言われちゃうんじゃないかっていう不安はあったんでですけど、染谷さんに〈良いものが出来上がった〉と言っていただいて安心しました」

染谷「自分だけの話をしてしまうと、さっきも言ったようにすごく満足しています。客観的にどうだろうって考えると、普段仙人みたいな暮らしをしていて、世間と離れすぎているのであんまりわからないんですけどね(笑)」

角谷「僕らが最大限できることは妥協なしにやらせていただいたので満足しています。Kaedeさんのヴォーカルもそうですし、染谷さんやLampのみなさん、新しいサポート・ミュージシャンのみなさんの刺激もすごくあって自分なりに楽しめました。でも、たまにふと思っちゃうのが、これを違う人と一緒にやったり、自分だけでやったらどうなるんだろうと」

――なるほど。逆に言うと、この組み合わせだからこうなったわけですよね。

角谷「そうです。染谷さんがいてLampの曲があって、自分ひとりでは書かなかったような曲ができたんです。それはサウンド面でもそうですし。ただ、自分が合わせにいっているというよりは、自分自身も好きだと思ってやっていることなので、ウワノソラ側の新しい部分も表現できていると思います」

――もしライブをやるとしたら、今回のバンド・メンバーでやれるのがベストですよね。

染谷「本当に録音物という感じのものなので、ライブを前提に作られた曲ではないんですよね。だからライブ表現はハードルが高いだろうなとは思ってるんですけど、実際に生演奏で作ったものではあるので、一応バンドで再現可能ではあります。いつか何かの機会でそういったライブができたらいいだろうなと」

Kaede「いまのこの世の中だとなかなかライブに対して前向きに考えられないところもありますけど、いつかやれたらいいなと思います」