ライヴ・サポートも担う佐藤優介のプロデュースによる、架空の映画サウンドトラックをコンセプトにしたミニ・アルバム。ピアノや弦楽をベースにしたインスト群と4曲のヴォーカル・ナンバーを収録している。主役のナチュラルな歌声と柔らかなシンセ・サウンドとの取り合わせが抜群で、80年代の鈴木さえ子を彷彿とさせるファンタジックでノーブルな仕上がりだ。エンディングテーマのような趣きで最後に配されたタイトル曲の清々しさも素敵。

2020年、染谷大陽（Lamp）と角谷博栄（ウワノソラ）のプロデュースのもと、洗練されたポップスを詰め込んだ美しくエレガントな傑作『秋の惑星、ハートはナイトブルー。』をリリースしたNegiccoのKaede。彼女は新作で、180度方向性を変えてきた。

エロティックなアートワークもそうだが、『Youth - Original Soundtrack』というタイトルからして〈えっ、「Original Soundtrack」って何?〉とまず引っかかる。どうやら、〈架空の映画のサウンドトラック〉がコンセプトらしい。そのため、1分台のインストが10曲のうち半数を占め、Kaedeによる朗読が随所に挿し込まれる演出も。構成がすでにコンセプチュアルで挑戦的であり、挑発的でさえある。

全曲の作詞・作曲・編曲（“生きる爆弾”のみ鈴木慶一が作詞）を担ったのは、佐藤優介。佐藤望とカメラ＝万年筆（caméra-stylo）で活動し、スカートやKID FRESINOのキーボーディストとして知られる鬼才（奇才?）だ。Kaedeのライブのサポートも行っており、2人編成でのライブも行っているので、とても自然な流れだと感じる。

佐藤優介といえば、2019年にひっそりとリリースした初のソロ作『Kilaak』で、鮮烈かつ奇想的、けれどもポップな音楽世界を展開していた。ゲームや怪獣映画、空想科学を愛する彼らしいシアトリカルで映像喚起的な音作りと想像力が、『Youth - Original Soundtrack』のなんとも掴みどころのない箱庭感を作り上げている。

Kaedeと佐藤優介、ディレクターの雪田容史が語ったインタビューによると、本作には〈80年代〉がテーマのひとつとしてあったという。たしかに、冒頭のヴォーカル曲“夏の十字路”は、イエロー・マジック歌謡や80年代のアイドル・ポップ、YEN、ノンスタンダード……といったあたりを思わせるシンセサイザーとドラムの音色、音像やアレンジが〈ありえた80sポップ〉をシミュレートしているようで、ノスタルジックな煌びやかさに心をぎゅっと掴まれる。なかでも、“化石採集”はYMO色が濃厚。『BGM』『テクノデリック』（いずれも81年）や高橋幸宏のソロ曲、あるいは彼らに影響を与えたジャパンの諸作を思いきりポップに、かわいらしく変奏したかのよう。

本作を佐藤優介の作品として聴くのであれば、“lumiere”“ウェザーリポート”“フラグメンツ”などにおけるリリカルで繊細なピアノ・プレイが、かなり珍しいと感じた。他方、“Youth”のイントロや、YMOの“ハッピーエンド”（81年）のような抽象性をもった“ルームナンバー”などでは、現代音楽やポスト・クラシカル、エレクトロニカっぽく聴こえる瞬間がある。彼の音楽家としての多才さ、隠していた（というつもりもないだろうけれど）素養が表出していて、〈こんな引き出しを持っていたんだ!〉と驚かされる（劇伴の仕事の依頼が殺到しそう）。

そして、Kaedeの作品として聴くのであれば、彼女の透き通った声を、前作とはまたちがった角度から歌と語りの両面で堪能できるアルバムになっている。彼女が歌うときは、いい意味でエゴを感じさせないというか、ヴォーカルが透明な容器のように楽曲に馴染み、本作の不思議な世界をするっと伝える媒体として溶け込んでいるところが素晴らしい。また朗読をするときは、物語を伝えつつも、Kaedeの声の豊かなトーンや微細な感情表現、息遣いが直接耳に飛び込んできて、ASMRのようでかなりドキっとする。

ちなみに、映画のヒントやリファレンスとしては、大林宣彦、相米慎二、さらに黒沢清らの監督作があったという。相米慎二に心酔する者としては、アイドル映画らしからぬゴテゴテとした装飾やあの異物感、突飛な展開を思い出すし、黒沢清の信奉者としては、黒沢がもっとも奇妙な方向性を追い求めていた充実期のカルト作「蜘蛛の瞳」（98年。2020年にHDマスターのDVDがリイシューされたばかり）に“化石採集”が由来するというエピソードに〈マジで!?〉と反応してしまう。

映画ということでいうと、本作の幕開けを飾る“lumiere”という曲名からは、映画の父であるリュミエール兄弟を想起する。また、“malizia”はイタリア映画「青い体験」（73年）、“olmo”はベルナルド・ベルトルッチ監督の映画「1900年」の主人公の一人〈オルモ〉へのオマージュに思えて、映画史への愛をさりげなく感じさせるのが粋だ。

と、さまざまな観点から聴けるこのユニークな『Youth - Original Soundtrack』。ワンダーに満ちたアルバムのラストには爽やかな“Youth”が待っていて、その幕引きにとてもぐっとくる。けれども、最後まで聴いても、はっきりとしたストーリーラインのない青春オムニバス映画か、結末がわからずに宙ぶらりんにされる深夜のラジオ・ドラマのようだし、〈何か見つけそこねたヒントがあったんじゃないか〉と何度もリピートしてしまう。Kaedeと佐藤優介が作り上げたフィクショナルな音楽世界は、とてもクセになる。