宅録をベースにした15年ぶりのソロ・アルバムが完成。谷川俊太郎との共作をはじめ、プライヴェートな空間から生まれた静謐な音世界が満天の空へと無限に広がっていって……その歌と言葉はいまどこにある?

絵を描くみたいに

 「“銀河”という曲が生まれたあとに、しばらく新曲を作らなくていいと思ったんです。まずはこの曲を、これまで生まれた曲を、ライヴで表現していこう、伝えていかなくては、と」。

 それほどの充実感に恵まれたソロ3部作『気配と余韻』『ケモノと魔法』『銀河』以来、ついに届いた原田郁子のニュー・アルバム『いま』。前作から15年を要した理由について、彼女はこう続ける。

 「2010年に吉祥寺にある〈キチム〉という場所を、妹といろんな方たちと立ち上げて、素人ながら、場所をつくるっていうことを経験しました。小さなスペースに100人ぐらい集まって、みんなで耳を澄ましたり、笑ったりしながらライヴをする。それは私にとってすごく大事な時間で。クラムボンのバンド活動、キチム、その合間でソロのライヴや共演、舞台音楽をやっていたら、あっという間に時が経っていたのかもしれません」。

 だが、状況はコロナ禍へ突入した2020年に一変する。

 「スケジュールが真っ白になって、しばらく落ち込みましたね。でも、ジタバタしても仕方がない、これは世界的なことなんだって思えてきてから、ライヴ機材を使って少しずつ宅録を始めたんです。声とピアノを録音してみたり、リズムを打ち込んでみたり、メロディーと言葉を重ねていったり。デッサンみたいに、絵を描くみたいに、だんだん没頭していった感じです」。

原田郁子 『いま』 ユニバーサル(2023)

 そのなかで完成した最初の曲は、映画「青い、森」に提供した“青い、森、、”。深いリヴァーブを纏ったピアノのリフレインと、一語一語、語りかけるように言葉を発する祈りの如き歌声――音の中に分け入っていくような感覚をもたらすこの曲で、『いま』は幕を開ける。

 「映画の最後のシーンがとっても印象的だったんです。観た人それぞれに委ねられるような終わり方だったので、想像が広がるように〈ここまでは描く、ここからは委ねる〉っていう濃淡はすごく考えました。あの曲は5拍子のアルペジオなんですけど、〈足りない、ずっと何かが欠けている〉っていう彼らの心境を、4でも6でもないところで出せたらいいなって」。

 〈宅録〉というテーマでまとめられた『いま』には、幼少期の彼女と妹による連弾の録音“ミニミニコンサート”を除き、この2~3年の間にさまざまな場で発表/録音された楽曲が収められている。コロナ禍中のキチムの様子を想像させるポエトリーリーディング“up-light piano”、オノマトペで組み立てた歌世界がドラマティックに展開する“オ・ノ・マ・ト・ペ”、劇団・マームとジプシーの舞台に寄せた2曲、坂口恭平のスタジオで何気なく弾いたピアノの記録と続くが、共通するのは聴き手に近い歌の距離感と繊細な音の質感。親密さと遠大さが共存する音響の実現には、エンジニア・奥田泰次の力も大きい。

 「いくつかのプロジェクトが並行して動いていたのですが、一貫して奥田さんにお願いしようって決めて、二人三脚でやってました。私の拙い宅録をおもしろがって、感覚的な部分も汲み取ってくれて、ありがたかった。マスタリングをお願いしたヘバさん(ビョーク仕事などで知られるヘバ・カドリー)も奥田さんの推薦だったのですが、お二人とも音の粒子、解像度の捉え方が素晴らしい。小さい声も小さいままに、でも小さいだけじゃない、というか」。