関西から東京に拠点を移すも、それからほどなくしてコロナ禍に見舞われることとなったラッパー/ベーシスト、NAGAN SERVER。その影響未だ収まらぬなか、彼は楽曲の制作へと動きはじめた。ジャズ・ピアニストの顔も持つパプアニューギニア出身/東京在住のビートメイカー、アーロン・チューライ(Aaron Choulai)のトラックで彼が制作した新曲“sign”は、研ぎ澄まされたジャジーなサウンドにNAGAN SERVER特有の肩ひじ張らぬスタイルで臨んだ一曲。アーロンのフリーキーに踊るピアノ・プレイを背にした彼のラップには活動ままならぬ現下の状況も映っているが、それでもその目に宿るのはこの先への不安や憂いではない。

「とにかくいま、出会いの少ないなかで出会えてる人はみんな濃いし、コロナ後に出会った人達とのほうが濃密にセッションできている。生まれてくる音楽もいままで以上におもしろいなと思ってるんですよ」――キャリアの新たなページを開く文字通りの〈兆し〉とするべく、新曲を発表した彼に話を訊いた。

NAGAN SERVER 『sign』 Rure(2020)

 

いまの環境で生み出せるポジティヴなもの

――東京に拠点を移されたそうですけど、来られたのはいつですか?

「去年の11月なんですけど、その頃はライブで全国をまわってたから、実際暮らしはじめたのは今年に入ってからぐらいですね。でもいきなりコロナがあって、わりかし最近いろいろスタートした感じで」

――コロナの影響で、活動がままならないもどかしさも少なからずあったんじゃないかと思うし、それがいまだに続いている印象もあります。実際のところいかがですか?

「もどかしさはかなりありましたね。音楽やりはじめてこれだけライブをしてない期間がまずなかったから、〈もしかしたら今後ずっとライブができなくなるんじゃないか〉ぐらいまで精神的に参ってました。でも、そういうときにblock.fmの配信フェス〈BLOCK  FESTIVAL Vol.01〉に呼んでいただいて、どんな状況でも場所を問わずに発信できる可能性があるっていうことに気づけたのは大きかった」

――まさにピンチをチャンスに変えるってことですね。

「そこでライブっていうもののあり方を再考し、見せ方もいままでと全然違うものにしたくなり、表現したい世界観がより明確になったんですよね。新境地に行けるタイミングでもあるのかなって」

2020年のパフォーマンス映像。鍵盤奏者、KAZUMI KANEDAとの演奏
 

――考え方を変えればこの状況がまた一歩踏み出すきっかけにもなると。

「この状況をネガティヴにとらえたらとことん落ちて行くとは思うんですけど、それ以上にいまの環境で生み出せるポジティヴなものを貪欲に探しています」

――制作に向かう気持ちの面ではどうですか? なんらかの変化があったり?

「コロナ前とコロナ後で世界が一変したんで、自然といままでとは違うリリックが生まれています。クリエイションをするうえでの嗅覚や感性を大切にしながら前に進んでいってる感じですかね」

――その点では、これまでの姿勢に変化はない?

「昔であれば社会の動きや変化に対しての反骨精神などをそのまま爆発させていましたけど、いまは自分の気持ちに余白、余裕が生まれている気がする。コロナ禍の息苦しさのなか、心の中だけでも余白を作らないとメンタルやられちゃいますからね。そこは歳を重ねたからかもしれないけど、世の中の流れを客観視できて、距離感もうまく取れてるし、フラットに物事を見られています」

 

飲み仲間からはじまったアーロン・チューライとの友情

――なるほど。先ほど自分の表現したい世界観が見えたって話がありましたね。今回の“sign”にも〈今変わる時“見えた”〉という歌詞がありますけど、具体的にどういう表現をめざしたいと思ったんですか?

「いままでジャンルに囚われず数多くのアーティストとコラボしてきたから、リスナーからはいろんなスタイルができるラッパーっていうイメージを持たれてるかもしれないんですけど、最近あらためて〈自分はどういうところにいちばん行きたいんだろう〉って考えたんですよ。俺のスタイルにはやっぱヒップホップとジャズが根底にあって、最近は出演したい場所とかもイメージしながら制作することがあります。例えばBLUE NOTEやBillboard Liveとか。そのためにも今後は、自分のルーツがしっかりと匂う楽曲を作ることを、さらに貫いていきたいっていうところですかね」

――つまりは、より自分のルーツに忠実な音楽ということですか。アーロン・チューライさんプロデュースのもと制作された“sign”もいわばその始まり?

「そうですね。アーロンと出会って、〈俺はこういう人たちともっと濃くやっていくべきだな〉って思った。そういう意味でもこの曲がそのサイン」

――アーロンさんのこれまでの活動に対してはどんな印象を持ってました?

「〈ホンモノを纏う人たちと一緒に間違いない音楽を発信してる人〉って感じですかね。演奏している映像とかを観てもめっちゃカッコいいなと思っていました。彼の弾く鍵盤は自分にとってドンピシャのメロディーだし、彼の作るビートも最高にクール、いつか共演してみたい存在でした」

――彼との出会いについても聞かせてもらえますか。

「東京にライブをしに来たとき、たまたま出会うタイミングがあって。そこで話しかけたら向こうも知ってくれてて〈会いたかったよ〉みたいな。そして、後に俺が上京し、中目黒のsolfaに遊びに行った際に偶然再会して、〈いまどこに住んでんの?〉っていう話をすると、お互い(家が)かなり近いことがわかった。ただの飲み仲間からスタートしました(笑)」

――じゃあ曲作ることありきというのでもなかったんですね。

「別にすぐ曲作ろうっていうテンションでもなく、2人で飲んでるところに石若駿くんが来たり、仙人掌くんが来たりと彼の仲間とも交流するなかで、信頼関係が生まれ、アーロンから〈SERVERに合いそうなストックがあるからちょっと送ってみるよ〉みたいな話があって……」

アーロン・チューライとDaichi Yamamotoの2020年の楽曲“All Day Remix”。GAPPERと仙人掌がフィーチャーされている
 

――あくまでも自然な流れで曲をやることになったっていう。

「そうですね。遠隔で制作するのは意外と簡単だと思うけど、会って喋って生まれるもののほうが息が長くて、奥深さを感じる。自然と〈曲作ろうよ〉ってなったときが絶対にいちばんいいものが出来ると確信してる。まあ、アーロンと一緒にやったきっかけをあげるとすれば、高田馬場の居酒屋、KUSUDAMAです(笑)」

――はは。もっとも、そうした飲みの席では当然音楽の話もあったんですよね。

「もちろん。アーロンはジャズとヒップホップのシーンを往来してるし、俺もジャズ・ミュージシャンと数多くセッションを重ねているというとこで、凄い共感する部分があった。日本でもジャズとヒップホップのシーンが当たり前に混ざり合っていいと思う。ヒップホップのサンプリングの多くはジャズからとっているし、ジャズへの敬意もある。〈日本でもステージにおいてジャズ・バンドの前にラッパーが立っているのが普通となるくらい、その波が大きくなったらいいよね〉という話はしてました」

 

新しいところに行けるサイン

――大きく言えば、今回の“sign”もそうしたきっかけの一つになればいいですよね。制作環境の面でこれまでと違いはありました?

「家ですべて録音ができるようになったことですね。コロナ環境でいつどうなるかわからなかったので、引きこもっていても一人で完結できるように整えました。今回は自分で録音し、ある程度ヴォーカル・ミックスも行いました」

――曲をやるにあたり、アーロンさんとの間で共有したアイデアなどはあったんですか?

「まったくなかったっすね(笑)。俺からしたらアーロンの音に乗っかる時点ですごく(テンションが)上がるし、そもそも新しいものが生まれるだろうと思ってアーロンとやってるから、そこに迷いもない」

――制作自体はどのようにスタートしたんですか?

「最初にまず4曲送られてきたんですけど、どれも〈ザ・アーロン・チューライ〉なトラックで興奮しました。そのなかでも、自分が新しいところに行けると思えたものをチョイスして」

――トラックに感じた新しさというのは具体的にどんなものでした?

「この曲、ビートの打ち方がかなりおもしろいんですよね。普通だったらそこにドラム・ブレイク入れないでしょってところに入ってたり、色々と固定観念を変えられましたね」

――たしかにあえて譜割から外れていくようなドラムのフレーズが置かれていて。

「いままでラップを乗せてきたビートとは違ったんで、最初は〈サビもどこでリズムを取ったらいいんだろう〉って戸惑ったし、それがすごい気持ち悪かったんです。だけど、よくよく聴いてたらサビ前は全てドラム・ブレイクのみになってて〈これはおもしろい展開だなあ〉って。そこに自分で作ったフレーズを乗せたらより気持よくなっちゃって、きっとアーロンはそうなることもわかって作ったんだろうな」

――ドラムの鳴りの立体感と、ウワネタよりも前面に出ているというサウンド上の配置も耳に残りました。

「普通に8ビートなんですけど、一聴したときは変拍子にも聴こえたし、ありそうでなかった感じ。途中からピアノが入って来た瞬間にいちばんのフレッシュさを感じた」

――サビの途中からスッと入って来るやつですね。曲の後半にはより自由な演奏もフィーチャーされていますね。

「あれ、元々のデモにはなかったんですよ。ラップを聴いたあとにアーロンもテンションが上がって足してくれた感じなんだと思います、きっと(笑)。デジタルな上ネタと、アップライト・ピアノという2つの化学反応がより新鮮に聴こえました」

――そうしたビートを受けて、リリック面ではどのようなことを書こうと?

「これは酔っぱらいながらセッションするノリで書いたリリックですね。そういう初期衝動って制作するうえでいちばん大事にしてて。普段から書きたいと思ったイメージが固まったら、バーッと直感的にペンを走らせる感じなんです」

――そうなんですね。〈デタラメな現実/でも諦めたら終わる〉っていうラインや、〈やるせない日常をライトアップ〉という一行はコロナ禍の現状にも響かすリリックに見えますが、それも狙って書いたというより、日頃から抱いていた想いがふと出てきた。

「アーロンと飲んだ後にすぐデモ・ファイルが送られてきて、〈これはいましかない〉って直感的にフリースタイルで1ヴァースを書いていったから、何を書くかより言葉遊びとか心地いい韻の踏み方を優先した感じです。連想ゲームぐらいの遊び感覚で久々にできたのもよかった。初心に戻れたし、いまからまだまだ行けるなって思えましたね」

 

表現者は抵抗と更新の連続

――“sign”が完成してあらためていまどんな気持ちですか?

「結構言われるんですよ、〈すごいタイミングで東京来たね〉って。でも逆にいま東京に来てよかったなと思えるし、初心にも戻れた。そういう意味では、“sign”に関しても、一曲でこんなに自分の心に変化があるんだなって思えた曲かもしれないです。これまでの音楽人生、何度もタームが訪れたなかで、またここからおもしろくなる予感がしてます」

――アーロンさんとは今後も楽曲制作を考えてますか? この先のリリースに向けた思いも含めて聞かせてもらえれば。

「もちろん。これからも彼とは作っていきますよ。すべてはタイミングなんで、遊んでるなかで作品が生まれたらいいかな。あと、来年は4枚目のアルバムに向けて動こうと考えています」

――活動全般についても抱負を聞かせてください。

「自分ひとりで完結するワンマンのライブをもっとやりたいですね。(自分の)コントラバスとラップだけで一時間以上演奏したり、ミニマルなスタイルで観に来てくれたお客さんをロックしたいかな。あと、ソロで世界に行けるぐらいの音楽をしていきたいです」

――そのうえでいま、アーティストとして描く理想像はありますか?

「永遠の課題なんですけど、シンプルにラップもベースももっと上手くなりたい。できなかったことが一つできた瞬間に次が見えてくるんですよ。最近も、ある曲のリフをひたすら練習してたんですけど、全然弾けなくて、何万回と繰り返し、最近やっと余裕で弾けるようになってきました。表現者は抵抗と更新の連続ですね」