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インタビュー

鬼束ちひろが新作で邂逅した20年前の自分自身――過去の旋律と現在の言葉が織り成すショッキング・ピンクの音世界

鬼束ちひろ『HYSTERIA』

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サウンド面の立役者、兼松衆が語る鬼束ちひろと『HYSTERIA』

 「『インソムニア』(2001年)を何度も何度も繰り返して聴いていたのを覚えています。当時13歳のもっとも多感な(!)時期でしたので……今でも1曲目から順番に聴いていると、山奥の学校に通うバスから見えていた風景を思い出します」――鬼束ちひろとの出会いをそう語るのは、『HYSTERIA』のサウンド・プロデューサーである兼松衆。そのコンセプトの基盤にも『インソムニア』があったという。

 「いただいたデビュー当時のデモテープはほとんどの曲がピアノと歌だけで、まるで時空を超えて当時の鬼束さんと対峙しているような……不思議な感覚がありました。制作のコンセプトとしては『インソムニア』のアコースティックな世界観でいこう、と。ただ、単なる『インソムニア』の焼き直し/ゼロ年代ノスタルジーのようにはしたくなくて、2020年時点の自分が考えるアコースティック楽器の扱い、レンジの広い音像のようなものは強く意識しています」。

 そうした出発点から完成した『HYSTERIA』は、鬼束のダイナミズムな歌唱をピアノとストリングスが支える“憂鬱な太陽 退屈な月”、情感溢れるバラード“焼ける川”といった〈ザ・鬼束ちひろ〉とでも言うべき先行曲や、兼松自身の挑戦が仕込まれた“ネオンテトラの麻疹たち”など、流麗な流れを持つ全10曲に仕上がった。

 「“憂鬱な太陽 退屈な月”はものすごく広い音域で、かなり言葉数の多いメロディーを歌い上げる曲ですので、その歌唱に急き立てられるようにアレンジの温度感もヒートアップしていったような気がします。“焼ける川”はデモを一聴して〈只事ではない……〉と震えました。とんでもない強度のメロディーと歌詞ですので、負けじと私の筆圧も高まっていった結果、〈鬼束VS兼松だね〉って笑われてしまいました……。“ネオンテトラの麻疹たち”は、これくらい隙間の多い、けれどストリングスはなぜか分厚いR&Bサウンドをいつか一曲やってみたいと思っておりまして、この機会にプレゼンしてみたところ採用されて夢が叶いました。ただ、演奏が熱くなってしまい、最終的にあまり〈隙間〉は多くなりませんでした……(笑)」。

 また、本作のミニマルながらドラマティックなアレンジの背景には、参加ミュージシャンたちによる名演も大きな貢献が。高木大丈夫、元吉田ヨウヘイgroupの西田修大、越智俊介(CRCK/LCKS)、吉田雄介(tricot)、君島大空といった日本のインディー/新世代ジャズ・シーンの精鋭たちが名を連ねているのも新鮮だ。

 「バンド・メンバーは、ここ2~3年くらい……? 私の録音ではいつもお願いしている方々ですが、このところ気になっていた君島大空君は、西田君を通じてダメもとでオファーしてみたところ、“「蒼い春」”で〈合奏形態〉のツイン・ギターが実現しました。間奏とエンディングのギター・ソロは君島/西田で割り振っているので、どちらが弾いているか注目していただけたら……。『HYSTERIA』は、聴いたことのないような先鋭的なサウンド、ということではなく、かといってノスタルジーに浸ることもなく、また次の20年が過ぎてもずっと聴き続けてもらえるような……聴く人にとってそんなアルバムになったら嬉しく思います。お楽しみください」。 *bounce編集部

兼松衆が参加した近作。