米津玄師が劇場版「チェンソーマン レゼ篇」のために書き下ろした“IRIS OUT”と“JANE DOE”が、映画とともにグローバルヒットしている。主人公デンジと彼が偶然出会った少女レゼを巡るストーリーに花を添える2曲は、サウンド面では対照的でありながら、どちらもデンジとレゼが見ているであろう世界を見事に表現している。
すでに“IRIS OUT”と“JANE DOE”をダブルA面としたシングルCDはリリースされているが、2026年2月27日(金)には同作のアナログレコード(輸入盤)が発売されることも決定した。北米での映画の大ヒットも伝えられたばかりの今、ライターの蜂須賀ちなみに2曲をレビューしてもらった。 *Mikiki編集部
視野狭窄=〈恋〉の状態をもたらす“IRIS OUT”
米津玄師のモチーフ選びにはいつも感心してしまう。“IRIS OUT”――劇場版「チェンソーマン レゼ篇」の主題歌に米津が選んだこのモチーフは、カメラの絞りが円状に縮小して暗転する映画/演劇分野における演出技法だ。しかしこれは、〈映画の主題歌だから映画用語を使った〉という表層的な引用ではない。登場人物の情けない結末を喜劇的に表現する際に用いられるこの技法に、レゼの魅力に陥落していくデンジの姿、視界が一人の相手で満たされる恋の状態、マキマの円を重ねたような瞳、破滅へのカウントダウン――少なくとも4つの意味が重なっている。極めて多義的なモチーフだ。
この多層性の核心にある〈視野狭窄〉とは、デンジ特有の現象ではない。むしろ普遍的な現象で、特定の人を応援したり見つめたりしたいと思う気持ち、モノづくりをする人の高度な集中、スポーツにおけるゾーンに入った状態、推し活文化、ゲームや趣味に没頭する時間……あらゆる人にとって心当たりのある感覚ではないだろうか。
米津はこの曲について「原作のレゼが写ってるページを四六時中開きっぱなしにして睨みつけながら作りました」と、また「自分の中でのパンク像に近い曲を作ろうという感じでした」「パンクっぽい方向を目指していたとは言いつつも、パンクをやりたかったわけではない」と明かしている。自身を視野狭窄の状態に意図的に持ち込み、デンジの一直線な感情に自らを同期させることで楽曲を生み出した。
そうして誕生した“IRIS OUT”は、パンクの精神や構造に則りながらも、音楽的には現代的な電子音楽やポップスの手法が用いられている。一部の箇所を除いてリズムは一貫しており、転調や借用コードはありつつもコード進行自体はシンプル。米津は感情をぶつけるように歌っており(特にアウトロでは叫んでいる)、楽曲は2分32秒で潔く終わる。
同時に、全セクションがサビかと錯覚するほどメロディのフックが強く、アレンジの多彩な変化によって、聴き手を最後まで引き込む設計が実現している。強烈な魅惑と快楽があり、常に高密度の情報が流れ込み、意識が張り詰め続ける……そんな視野狭窄=〈恋〉の状態を聴き手にもたらす音楽だ。
聴き手を〈休ませない〉メロディ
Aメロでは、C#マイナーキーの主音(C#)と隣接音(D#)を中心にメロディが展開される。主音周辺を行き来する構造は安定と揺らぎのバランスを生み、黒鍵を多用した独特の響き、〈駄目駄目駄目〉といった歌詞が持つリズムと発音も相まって、聴き手の耳を捉えて離さない。
続くBメロは、音符の密度の高さや1オクターブの跳躍が特徴的だ。サビではCメジャー/Aマイナー的な響きの中で、その調性に含まれない音(G#)が登場し、強烈な印象を残していく。また、レゼの〈ボン〉という劇中のボイスサンプルも効果的に挿入されている。
2番では、ラップ的な歌唱やダブステップサウンド、ブレイクダウンを導入。現代的なエレクトリックサウンドの挿入によって楽曲に変化がもたらされており、その後のBメロ、サビも含め、新鮮に聴かせる装置として機能している。そして、曲はするっとエンディングへ。全セクション高密度で聴き手を〈休ませない〉メロディは、中毒性やリピート再生したくなる心理を生む。2分32秒という尺の短さから、実際に手軽に何度も聴くことができる。
