Photo ©Claire Alexandra Hatfield

「Mトレイン」に乗って私もまた記憶の夢の中にでかける

 ロック・ミュージックの世界で詩人と呼ばれるミュージシャンたちがいる。たとえばそこには、ボブ・ディラン、ジム・モリソン、ルー・リード、といったミュージシャンの名前があがることだろう。そうした人々は、これまでに詩集も刊行され、さらには翻訳もされ、その言葉の文学性が音楽と切り離されて享受されてもいる。ディランにいたっては、2016年にミュージシャンとして初めてノーベル文学賞を受賞している。ディランの初期アルバムではジャケット裏に書かれた長詩によって、音溝に刻まれた言葉とは別の世界から、その音楽の世界に引き込まれた。ディランを聴くということは読むことに等しい、と思っているのだが、それはレコードを聴きながらジャケット裏を埋める文字を、そして、解説ブックレットに掲載された訳詞を、読みながら聴いてきたことと関係があると思う。

 しかし、ロックの詩人というべき人物として、もうひとり忘れてはならないのがパティ・スミスである。しかも、先にあげた人々とは異なり、彼女はもともと詩人として活動し、「Seventh Heaven」や「Witt」といった詩集も出版していたが、やがてバンドで歌い始めたのである。原初的なロックのエネルギーは、彼女のエモーショナルな言葉の奔流とともに加速した。また、夢のような、非現実的な光景が次々と繰り出される幻覚的な詩はサイケデリックでもあり、彼女がアレン・ギンズバーグらビートニクスの末裔であることを感じさせた(2016年6月の、フィリップ・グラスとの〈THE POET SPEAKS ギンズバーグへのオマージュ〉も記憶に新しい)。詩の言葉は世界を凍りつかせることができるが、精神を沸騰させることもできるのだと、彼女の音楽を聴いて思った。性急なロックのビートに乗せて、疾走しながら言葉を投げつけてくる、現代のあるべき詩人の姿がそこにはあった。そして、その音楽はパンク・ロックと呼ばれ、ほどなくしてイギリスに飛び火し、より大きなムーヴメントになった。

 

ただ現在という日常を生きていたパティ・スミスというひと

 初めて彼女の音楽を聴いたのは80年代初頭の中学生のころだった。すでに彼女は一時引退していて、レコードは廃盤状態だった。かつて彼女の恋人であったトム・ヴァーラインのバンド、テレビジョンは知っていたし、レコードも擦り切れるほど聴いたものだが、当時パティ・スミスのレコードは手に入らなかったのだ。そんな時期、坂本龍一のラジオで“Poppies”(2ndアルバム『Radio Ethiopia』所収)がオンエアされた。それは、パンクというよりは、ゆったりとサイケデリックにうねる、醒めた高揚感のようなものを感じる曲だった。おなじころ、ラジオのニューヨーク・パンク特集で、“Gloria”(1stアルバム『Horses』所収)を聴いたのだと思う。周知のとおり、それは北アイルランドのバンド、ゼムが1964年にリリースした曲である。すでにゼムのオリジナルは聴いていたし、ドアーズのカヴァーも聴いていた。しかし、ラジオから流れたそれは、以前に聴いたことのあるそれらのヴァージョンのどれとも異なっていた。曲の前半は彼女による詩を追加して歌われている。それはゆっくりと静かにピアノの伴奏で歌いだされる。〈イエス・キリストが死んだのは誰かの罪のためであって私のではない〉という一行が、ファースト・アルバムの一曲目に、アーティストの第一声として収録されていることのインパクトがどれだけのものであるのか、私には知ることはできない。前半から後半へ、曲は静から動へとスピードアップし、彼女のヴォーカルもヒートアップしていく(そして、そのままフェードアウトする)。

 2009年7月、渋谷のとあるホテルのスイートルームで、私は彼女と映画監督のスティーヴン・セブリングと対面していた。彼女のドキュメンタリー映画「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」のプロモーションのために来日した彼らにインタビューする機会を得たためだった。10代のころから聴き続けてきたミュージシャンに、それから30年近い時間をへて直接話をすることが(通訳を通してだったけれど)できるなんて、月並みな言い方だが、中学生の自分に教えてやったらどれだけ驚くことだろう。私は、彼女が74年にリリースしたデビュー・シングル『Hey Joe / Piss Factory』を持参した。それを一瞥した彼女は「これはブート(海賊版)ね」と言った。しかし、嫌な顔ひとつせず、彼女はレーベルにサインをしてくれた。そのシングルはしばらく部屋にかざってあったのだが、2年後の東日本大震災で落下し真っ二つに割れてしまった。

 インタビューで、この11年におよぶ撮影と1年の編集期間をへて映画を完成した彼女は、しかし、過去を見せるようなドキュメンタリーには興味がなかったと言った。記録された映像は過去に属するものではないのか、と思われたがそうではなかった。そこには11年間におよぶ現在の様子が、現在の連なりが、ただ記録されていたのだった。自分はつねにただ現在を生きているのであって、この先何が起きて、どうなるかを予見できる人はいない。映画に映るそれぞれの時間の彼女もまた、時をへて完成された映画のことなど、なにも知る由もないし、そんなことは考えもせず、ただ現在という日常を生きていたにすぎなかっただろう。

 

詩人パティ・スミスがつづる記憶と精神の旅の記録

 「Mトレイン」は、パティ・スミスによる「ジャスト・キッズ」に続く、二冊目の書籍である。回想録と言われるように、それは過去に属する時間を題材にしたものに違いないだろう。しかし、それはある時間の記録であるが、またそれを思い返している現在でもあるだろう。「ジャスト・キッズ」が、写真家ロバート・メイプルソープとの共同生活時代を書いたものであり、それが当時のニューヨークの文化状況を克明に記述するものだったのに対して、「Mトレイン」では、回想にどこか夢のような、現実の記憶の中にフィクションが介入してくるような、さまざまに場所や時間を、回想や空想とともに往来する彼女の視点がある。書名である〈Mトレイン〉は、〈Memory Train〉とも解することができるだろうが、それはニューヨークを走る地下鉄の線名であるのと同時に、彼女自身によって〈Mind Train〉であることが示唆されている。たしかに、それは、さまざまな輻輳する記憶が、彼女のインスピレーションであった詩人、芸術家、そして、家族らの記憶とともにフラッシュバックするように、リニアな時間の流れというよりは、彼女の意識の流れによって書かれているようだ。回想の合間に、どことなくささやかに挿し入れられた写真の数々は、どれも独特のフレーミングに感じる。場所と日付(は本書には明記されていないけれど)という具体的なインデックスに紐付けられたにイメージは、それがほんとうにかつてあったことを示す。

 また本書には、すでにいない人たちが数多く登場する。その中でも、最後にあとがきの中に登場するのがルー・リードである。彼女は「ルーのいないニューヨークは、想像することがむずかしかった」という。それはきっと、ルー・リードが“Halloween Parade”(『New York』所収)で歌ったような喪失感にちがいない。

 先のアメリカ大統領選挙に際し、彼女がニューヨークの街頭で“People Have The Power”を歌い、投票を促す映像がインターネットで届けられた。彼女は、ステージに立っているのとは違う、より等身大の、素のままの姿でそこに立っていた。彼女はマイクもなしに肉声で歌い、バンドもPAシステムも照明もなく、ただ彼女の横でレニー・ケイがギターを弾いていただけ。そこには、アレン・ギンズバーグが謳った、時代の最良の精神(The best minds of my generation)の姿があった。それは、訳者の管啓次郎があとがきでふれているように、〈彼女の活動の核にあるもの〉が〈何よりも詩人の魂〉であることの証であるように思った。

 


パティ・スミス(Patti Smith)
アメリカ合衆国のミュージシャン・詩人。ニューヨーク・パンクシーンで台頭し、70年代は〈パティ・スミス・グループ〉名義で活動、〈クイーン・オブ・パンク(パンクの女王)〉とも称された。2007年〈ロックの殿堂〉入り。2008年、写真家のスティーヴン・セブリングが、11年間パティに密着して撮影したドキュメンタリー映画「パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ」が公開され、日本でも2009年に公開された。2010年1月には、著作「ジャスト・キッズ」を上梓。2016年、ピアニストの愛娘ジェシー・パリス・スミスと3年ぶりに来日し、フィリップ・グラス、久石譲、村上春樹と共演した。

 


寄稿者プロフィール
畠中実(はたなか・みのる)

1968年生まれ。90年代末より展覧会企画や音楽イヴェント企画に携わり、現在までさまざまな展覧会を手がけ、作家の個展企画も多数行っている。美術や音楽について執筆活動も行ない、おもな編著書には、「現代アート10講」(田中正之編、武蔵野美術大学出版局、共著、2017年)、「メディア・アート原論」(久保田晃弘との共編著、フィルムアート社、2018年)など。

 


FILM INFORMATION

©2017 Buckeye Pictures, LLC

「ソング・トゥ・ソング」
監督・脚本:テレンス・マリック
音楽:ローレン・マリー・ミクス
出演:ルーニー・マーラ/ライアン・ゴズリング/マイケル・ファスベンダー/ナタリー・ポートマン/ケイト・ブランシェット、ホリー・ハンター/ベレニス・マルロー/ヴァル・キルマー/リッキ・リー/イギー・ポップ/パティ・スミス/ジョン・ライドン/フローレンス・ウェルチ/レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
配給:AMGエンタテインメント(2017年  アメリカ  128分  PG12)
◎2020年12月25日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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