じめじめとした梅雨らしいある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、4年生のデータが珍しく顔を出しているようですね。

【今月のレポート盤】

XTC Skylarking Virgin/Ape House(1986)

雑色理佳「データ先輩、私も一応は女子の端くれですから、そんなモノをドーンと出されたら困りますって! と言いつつ、せっかくなのでじっくりと観察をば……」

戸部伝太「し、失敬な! これはXTCの最高傑作『Skylarking』のアートワークですぞ! やましい目で見ないでいただきたい!」

杉田俊助「Wow! 流石はムッツリのデータだけあるネ、Ha! Ha! Ha!」

戸部「ぐぬぬ、小生を愚弄する不埒な輩どもめ!」

雑色「だってこれ、私の知っている『Skylarking』のジャケじゃないですよ。先輩の自家製ですか、にゃはは」

戸部「ふん、無知は罪ですぞ。これは当時レーベルから駄目出しを喰らった幻のオリジナル・ジャケですよ」

杉田「これがボツだなんてセンスないネ! ところで中身も変わったの?」

戸部「仕方ないので貴殿らにも聴かせてあげましょう。本作は2010年にアンディ・パートリッジみずからがリマスタリングした代物で、アナログのみの限定リリースだったため、すぐに市場から姿を消したんですが、このたびCD化されたんですぞ」

雑色「へ~。確かに音が格段に良くなった感じはしますね! 低音が強調されてボトムが広がったというか。この曲のベースってこんな変な進行だったのか!」

杉田「オリジナルはもう少しライトで80sらしい鳴りだったけど、音圧がずいぶんアップしているネ! Excellent!」

戸部「ところで、本作のリマスター作業中に原盤の極性エラーが発見されたらしいんですな。要はマスタリングの段階で、XRLプラグの極性接続が逆になってい……(以下15分の講釈)」

杉田「……意味が全然わからないケド」

雑色「簡単に言うと、いままでの『Skylarking』には、配線ミスがあったってことですね? で、今回それも是正されたと!」

戸部「左様。ただ正直なところ、小生にもそれで音がどう変化したのかは、よくわからんのですがね」

杉田「自分でもわからないことをロング・トークしないでヨ!」

戸部「(無視して)ただおもしろいのは、その配線ミスをプロデューサーのトッド・ラングレンがやらかした、とアンディがあちこちで喧伝しているようで。ですが、トッドは〈俺は知らん〉と対抗していて……」

雑色「にゃはは、それはワロス。制作当時から2人の仲が険悪だったのは有名ですが、いまだに和解していないなんて。そもそも英米を代表する偏屈なスタジオ職人同士の気が合うわけないって!」

杉田「そうえば、XTCは『Skylarking』からラディカルさが控えめになって、一気にポップ化したイメージだよネ! それもトッドの仕業!?」

雑色「アンディはそういう部分も気に入らなかったみたいですよ~。トッドはバッドフィンガーパティ・スミスを手掛けた時も、オーヴァー・プロデュースでひんしゅくを買っていましたし。出しゃばりすぎ!」

【参考動画】トッド・ラングレンがプロデュースしたバッドフィンガーの71年作『Straight Up』
収録曲“Baby Blue”

戸部「それは聞き捨てなりませんな。では、貴女は『Skylarking』もトッド抜きのほうが良かったと?」

雑色「そりゃそうですよ。アンディ主導で制作していれば『Black Sea』を超える名盤になっていたと思いますね」

戸部「笑止。何度でも言いますが、XTCの最高傑作は本作ですよ。それまでのポスト・パンク色を払拭して普遍的なポップスに昇華させたのはトッドの功績ですし、そのおかげで米国でもようやく商業的な成功を収めたわけですから!」

雑色「でもUK本国じゃ、キャリア史上もっとも売れなかったアルバムじゃないですか! どう考えてもトッドのKYなプロデュースのせいでしょ!」

戸部「それは英国のリスナーが貴殿のように保守的な連中ばかりゆえ、XTCとトッドの素晴らしき化学反応を理解できなかっただけでしょうが!」

雑色「個人的には『Skylarking』も好きですよ。だけど、アンディが本来望んでいた作品とは別物になったことは否めません!」

杉田「まあまあ、ミーがとびきり美味しいミルクティーを煎れたからイップクしようヨ。2人ともメガネがズリ落ちそうな勢いだネ、Ha! Ha! Ha!」

戸部・雑色「余計なお世話だ!」

 やれやれ。後にこの日の顛末が〈スカイラーキング事件〉としてサークルの黒歴史に刻まれ、データと雑色さんが〈ロッ研のトッドとアンディ〉と秘かに囁かれることになろうとは、いまはまだ知る由もないのでした。 【つづく】