音楽の街、オースティンで交差する4人の男女の人生――パティ・スミスが重要なメタファーとして登場!
「ソング・トゥ・ソング」の冒頭で、ヒロインのフェイ(ルーニー・マーラ)は、「歌によって人は高揚し、救われる」と呟く。そして、「私は歌いたかった、自分の歌を」と独白する。
フェイは、ミュージシャンとして何者かになることを夢見て、親元を離れてテキサス州の州都オースティンに出てきた。オースティンは音楽が盛んな街で、一年を通じてさまざまな種類の音楽フェスティヴァルやイヴェントが開催されている。中でも、もっとも有名なのが、毎年10月に開催されるオースティン・シティ・リミッツ・ミュージック・フェスティヴァルだ。「ソング・トゥ・ソング」には、2012年の同フェスティヴァルの模様が捉えられている。カメラはこの野外フェスの会場に果敢に分け入り、観衆の熱狂を伝え、ステージやバックステージでのイギー・ポップ、ジョン・ライドン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズなどの姿を収めている。「ソング・トゥ・ソング」は、このように音楽の街オースティンを舞台にした物語だ。日本公開は後になったが、テレンス・マリック監督作品としては、「名もなき生涯」(2019年)の前作にあたる。
オースティンの郊外にある大邸宅。ここで催されたパーティで、フェイは、無名のソングライターであるBV(ライアン・ゴズリング)に見初められる。フェイは、この大邸宅の所有者で音楽プロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)と密かに付き合っているが、BVはそのことを知らずに彼女に声をかけたのだ。ところが、クックはフェイをそそのかし、BVと交際することをすすめる。マリック監督は、クックの人物像をミルトンの「失楽園」に出てくる堕天使ルシファーをイメージして練り上げたという。「失楽園」は旧約聖書の「創世記」を基にした叙事詩で、ルシファーがアダムとイヴに神の禁を破って禁断の果実を食べさせ、その結果、2人はエデンの園から追放された。同じようにクックは、フェイとBVの関係に揺さぶりをかけ、同時にそれぞれの夢を実現させるべく音楽業界に誘い、彼らの気持ちを弄んで楽しんでいる。ただし、クックは巨大な富と大いなる名声を手にしていながらも、心の何処かに穴が空いているように見える。劇中にアルチュール・ランボーの肖像写真のショットが出てくるが、反逆の詩人と呼ばれ、放浪の果てに貿易商として死去した彼のイメージも、クックのキャラクターに投影されているようだ。こんなクックはある日、地元のダイナーでウェイトレスのロンダ(ナタリー・ポートマン)をナンパして、彼女を享楽的な世界へ引きずり込むのだが――。