メジャー・デビュー5周年を彩った2020年のアルバム『Grow apart』から10か月、Awesome City Club(以下、ACC)が新アルバム『Grower』をリリースした。新型コロナウイルス感染症の流行で経験した歯痒さ、そしてメンバーの脱退。バンドとして紆余曲折ありながらも昨年を走り切った彼らの新作は、不思議と多幸感に溢れたサウンドに仕上がっている。
映画「花束みたいな恋をした」のインスパイア・ソングである”勿忘“を筆頭に、初めての試みとなる客演としてPESを迎えた楽曲”湾岸で会いましょう feat. PES“など全10曲が収録されたこのアルバムは、彼らの新しい一面が引き出された傑作であると同時にACCの成長の証といっても過言ではないだろう。
〈信頼する仲間たちと幸せになりたい〉という思いを胸にデビュー6年目に突入した彼らは今何を思うのか。2020年を振り返るとともに、映画「花束みたいな恋をした」への出演経緯、アルバム『Grower』の制作についてなど、3人に話を訊いた。
2020年を振り返って
――昨年メジャー・デビュー5周年を迎えられて、1年を走りきったと思いますが、新型コロナウィルス感染症の流行でなかなか身動きがとれなかったり、バンドではメンバーの脱退もあって、大変な1年間でもあったと思います。改めて、2020年を振り返ってみてどんな1年でしたか?
atagi「今までよりもシビアな選択をした1年だったかなと思います。コロナの影響でライブができるのか、できないのかということを1年通して考えていましたし、曲を制作するにしても、どういった気持ちで曲を作ろうかなど、すごく些細なことではあるんですけど、判断することが多かったように思います。
あとは、バンドとしてどうやったら幸せになれるのか、どうすればみんなが納得する形で活動ができるのかってことは考えました。でもこの考えることが僕自身はいいことだったなと思ってますね」
――なるほど。atagiさんは2020年、外部アーティストへ楽曲の提供もしていて、個人でも活躍された年でしたよね。
atagi「そうですね。すごく光栄なお話でしたし、実際に自分としても納得できる楽曲ができました。そういうチャンスみたいなものは、転がってくるんだなって思いましたね」
――PORINさんはどうですか、1年を振り返って。
PORIN「今思うとあっという間だったなって思います。先が見えない状況が続いていたので、逆に目の前のことをやるしかなくて。これを頑張ろうとか、この仕事をやってみようとか、与えられたものをちゃんと丁寧にやっていけた1年だったのかなって思いますね」
――モリシーさんはどうですか?
モリシー「PORINとは対照的にすごく長かったです(笑)。昨年の緊急事態宣言下のときはずっと家にいたんですよ。例年ならフェスとかが始まっている時期で、普段は家にはいないんですけど、ずっと家にいるもんで1日が過ぎるのがめっちゃ長かった。作業もしてはいたんですけど、やっぱり長く感じましたね」
――自宅では何をされてたんですか?
モリシー「コーヒーを淹れてぼーっとしたり(笑)。近所の公園を妻と散歩したり、マリオカートのアプリをひたすらやったりしてましたね(笑)」
PORIN「そこはアプリなんだ!」
モリシー「アプリ! ただひたすら強くなるまでやっていましたね。でも、ちょっと音楽と離れてリセットされた感じもしました」
――そのリセット期間がプラスに作用してる?
モリシー「そうですね。プラスに作用してると思います」
――今回の、アルバム『Grower』の制作時期はコロナ禍と被っていると思うんですが、制作に関してやりづらいことはありましたか?
atagi「制作は今までやってきたことと同じように進めることができたので、やりづらさみたいなものは感じませんでしたね。意外といつも通りでした。僕たちの曲の作り方も、もともとみんなでスタジオに入ってやるという感じでもないので、こういう時でもうまく適用できる制作フォーマットなんだなと改めて思いましたね」
初の映画出演
――今回のアルバムのポイントは映画「花束みたいな恋をした」のインスパイア・ソングである“勿忘”で、ご自身もこの映画に出演されていますが、この映画のお話が来た経緯について教えてください。
PORIN「脚本家の坂元裕二さんがACCのことを好いてくださっていて。それで一度ライブにご招待して、その流れで後日お食事したときに坂元さんから〈映画を作っているんだけど、興味はありますか?〉とお話をいただいて、出演させていただくことになりました」
――PORINさんは初演技だと思いますが、実際に演技をしてみてどうでしたか?
PORIN「めちゃくちゃ緊張しました! 私には向いてないなと(笑)」
――映画を観させていただいて、PORINさんの演技がリアルでいいなって思いましたけどね。お二人はどうでした? 銀幕デビューを飾ってみて。
モリシー「リハをしてるシーンだったので、普段やってることとあまり変わらないですけど(笑)。でも少し変な感じはしました(笑)。たくさんのスタッフさんがいて、撮影していて、奥で有村(架純)さんが演技をしているわけですからね」
――この映画では、主人公たちの歩みと並行してACCの楽曲が使用されているのも特徴の1つだと思います。映画を通してキャリアを再確認する機会にもなったと思うんですが、どうですか?
atagi「僕は、やっぱり自分が出てるっていう恥ずかしさがあって、冷静には観られなかったですね。もしかしたら10年後、20年後に観て懐かしむことができるのかなと思います。今はちょっと近すぎるというか、“アウトサイダー”(2015年)や『Lesson』(2015年)を作ってたときの延長線上にまだ自分はいると思ってるから、自分たちのシーンは今観ると気恥ずかしさの方が勝っちゃうんですよね(笑)」
モリシー「僕は、主人公の2人の感情の揺らぎに重ね合わせて観てる部分があったかもしれないな。このときは落ち込んでたときだなとか、いろいろと思い出すことはありましたね」
PORIN「いい感じに劇中で楽曲を使っていただいたので、とにかくありがたかったのと、モリシーと同じように当時のことを思い出す機会になったと思いますね。でも当時を思い出すと反省することも多くて、もう少しあのとき自分が頑張れてたら違う世界があったのかなとか、この映画をキッカケにもっと頑張らなくちゃなって思いましたね」
――貴重な体験だったんですね。そんな中で”勿忘“という曲が完成しましたが、劇中には勿忘草は出てこないと思うんです。なぜ、勿忘草を題材に曲を書こうと思ったんですか?
PORIN「〈私を忘れないで〉っていう勿忘草の花言葉にピンときたんです」
――そうだったんですね。いや、本当にいい歌詞ですよね……。
PORIN「素直なお言葉(笑)」
atagi「すごく嬉しいです」
――“勿忘”は映画公開前から発表されていて、映画を観る前に聴くと、ちょっと寂しい感じを受けるというか、〈私を忘れないで〉っていう花言葉をイメージした歌詞だから映画も悲しいストーリーなのかなって思ったんですけど、映画を観ると明るい終わり方で、観た後に聴くとまったく違う風景が浮かぶというか。その歌詞の感じがすごく良くて。どのあたりを意識してソングライティングをされたのかなと、すごく気になるんです。
atagi「この曲は映画を観てから作ったんですけど、僕が一番切り取りたかったのは最後のシーンなんです。ネタバレになるから詳しくは言えないですけど、そのシーンを観て感じた、〈清くて美しくて、強いものを目の当たりにしてしまった〉という衝撃がすごく大きかったんです。だから、清くて真っ直ぐで無垢で汚れを知らないものがいかに尊いかっていうのを単純に曲にしたいなって思ったんですよね。
歌詞にもあるんですけど、基本的に人間って大人になればなるほど、1つの方向を向いては生きていけない、迷いがありながらもどちらかの道に進んでいくみたいなことってよくあると思うんですが、そういう迷いや葛藤みたいなものが入ったらいいなというか、入れたいなって思って作っていました」
――atagiさんが歌う歌詞には、菅田将暉さんが演じる(山音)麦くんの感情がそのまま投影されてる感じもすごくして、一方でPORINさんが歌う歌詞には有村架純さんが演じる(八谷)絹ちゃんが言えなかった言葉というか、ずっと心の中にあった言葉が投影されてると思ったんですよね。
PORIN「そうですね。劇中の絹ちゃんは今っぽい女の子で、すごく強い女の子なんですよね。美しくお別れを告げられたところがすごいなって映画を観て思ったんです。ただ内心は歌詞のような寂しさもあるんじゃないか、麦くんに隠してる部分もあるんだろうなって思ったから、こういう歌詞になりました」
――個人的に、”勿忘“を聴いて一番印象に残ったのは、モリシーさんのギター・ソロの存在感なんです。あのソロが2人にあったいろんな出来事をいい思い出へと昇華してくれるというか、あのギター・ソロでこの曲が完結するように思うんです。
モリシー「いいですね! いい感想です(笑)」
――サウンド的にはストリングスが入っていて、壮大なイメージもあるんですけど、音像はすごく洗練されているというか、すごく優しさを感じることができて。ACCの新しい一面が垣間見れた1曲だなって。
モリシー「そうですね。ギターだけの目線になっちゃうけど、“勿忘”って昔のことを思い出しながらって感じで歌ってるじゃないですか。だから少し古い機材を使ったりもしていて。それこそさっき言ったギター・ソロって、永野さん(永野亮/APOGEE)からデモをもらって聴いたときに懐かしさを感じたから、あえて一度テープレコーダーを通してあるんです。かといって何が変わったのかと言われたら、うっすら音像が変わっただけなんですけど。ひょっとしたらそういう作用とかも聴き手の人に、いつものACCと違うように受け取ってもらっているのかなって最近思いますね」