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〈大丈夫〉ではどうにもならないけど、〈大丈夫〉って言わなきゃいけない時もある

――『MUSIC WARDROBE』は、笑い声や話し声の使い方も特徴的ですよね。

HIROSHI「この時期に出しているので、繋がりを連想させる人の声をいれたくて。バイノーラルで録ったり臨場感を意識したり、こだわっています。そもそも環境音が、けっこう好きなんですよ。実家で音楽を聴いていると、開けておいた窓から子どもたちの遊び声が混ざったりするじゃないですか。

音楽と日常がブレンドされていく瞬間って、風景や思い出として自分のなかに残る感じがある。そういうものをFIVE NEW OLDの音楽にも刻みたかったんです。空気には情報量があるので」

WATARU「“Summertime”ではセミの声をサンプリングしてスネアの音の代わりにいれていたり、“Breathin’”ではミンティアを振ったときに鳴る音を加工して曲にいれこんだり※」

※編集部注 “Breathin’”はアサヒグループ食品〈ミンティア〉のCMソング

『MUSIC WARDROBE』収録曲“Breathin’”

HIROSHI「“Plane Garden”に収音しているのも、実際に行われた誕生日会とその上空を飛んでいく飛行機の音なんです。そのまま録って、そのままタイトルにしてる」

WATARU「どの音もパッと聴いて〈何の音か〉なんて、絶対にわからないんですけどね(笑)。そういう作り手ならではの思い入れは大事にできたアルバムだと思います。音楽って作るときが楽しければ楽しいほど、出来上がったときの達成感も聴いてもらったときの嬉しさも倍なので」

――先ほど〈ポジティヴなムードの中で制作された〉というお話がありましたが、『MUSIC WARDROBE』は全体を通して歌詞がシリアスですよね。

HIROSHI「作詞を通してコロナの孤独や人生・社会を見つめなおす瞬間が多かったんです。僕はメンバーがいてくれたから、こんな状況だけど寂しさを感じないまま1年間を過ごすことができた。それってすごい恵まれていたことで、きっとそうじゃなかった人もたくさんいると思う。ずっと孤独じゃないにしても、寂しさって事故みたいに突然襲ってくるものだから。〈孤独について〉はずっと僕の命題なので、聴いてくれる人に少しでも寄り添えるものにしたかったんです。

同時にサウンドは明るく、歌詞はシリアスにしようと意識していました。“Don’t Be Someone Else”は、まさしくそういう曲ですし。〈大丈夫だよ〉だけではどうにもならない事態だけど、〈大丈夫だよ〉って言わないといけない瞬間もある。サウンドは〈大丈夫〉って励ましてくれる気がするとか、歌詞を読んだら〈しんどいときの俺だわ〉って心の拠りどころになるとか。

どの手法がその人にとってベストなのかはわからないけど、どんなシチュエーションのときでも何かひとつほっとできるもの、心が軽くなるものを届けたかったんです」

『MUSIC WARDROBE』収録曲“Don’t Be Someone Else”

 

実はデジタルって曖昧、アナログのほうが正確なんです

――しっかりとスピーカーで聴きたい1枚になりましたよね。やはり音作りへのこだわりも強いんですか。

HIROSHI「レコーディングはデスクトップのDAWを使ってやるんですけど、どの音源も最終的には往年のミキシング・コンソールとアナログ・テープを通すようにしています。

テープとコンピューターの関係性って不思議で、実はアナログよりデジタルのほうが曖昧なんですよ。絶対に正しいと思っていた0・1で記録されるデジタルは、環境や機器の組み合わせによってビット単位で変化するけど、アナログなら全部が線になって0・1を繋いでくれる。レコーディング・スタジオにある精密な録音機材は、僕たちの耳ではわからない些細な違いをテープへ正確に記録してくれるんです。

だから僕たちは、絶対に1曲を2回ずつ、多ければ4回はテープに通します。ちなみに今回収録されている“Hallelujah”だったら4回。そのなかから、どのテイクがよかったかを選んでいます」

『MUSIC WARDROBE』収録曲“Hallelujah’”

――誰もがDTMで音楽を作れる時代になり、スピード感に重きを置くアーティストも少なくないなかで、その逆をいくというか……。時間も行程数もたくさんかけていますね。

HIROSHI「時代の流れと真逆のところにいる自覚はあります。時代錯誤的というか。でも、主流に対して〈ちげえぞ〉って常に投げかけるのがパンクだし、カウンター・カルチャーなので。トレンドは許容しつつ、そうやって立ち向かっていくことは大事だと思っています。

何人が気づいてくれるかわからなくても、今の時代に忘れられている一手間をかけて作るという贅沢。そういう選択肢を僕たちが提示していきたいんです」

――そんな話を聴くと、より盤をスピーカーで聴きたくなります。

HIROSHI「もはやCDを買いにいくことすら、贅沢のひとつですからね。ストリーミング・アプリを開いてボタンを押せば手元で全部完結できるけど、現物を手に持つことから生まれるストーリーも愛しいと僕は思っています。CDをプレーヤーにいれる瞬間とか、包装のビニールが取れなくて〈あかねえ!〉ってやってるうちに、お母ちゃんに〈ごはんだよ!〉って呼ばれることとか(笑)。そのひとつひとつに自分の人生のストーリーや音楽とのエピソードが刻まれる気がするから、手間をかける贅沢ってめちゃくちゃ大事だと思うんですよね」