インタビュー

薄れゆく日本独自の文化や精神を我流の解釈で現代に投下――SATOL aka BeatLiveと霏deが語る新レーベル〈-滅- METSUJP〉

(左から)霏de、SATOL aka BeatLive
 

O.N.O(THA BLUE HERB)主宰のレーベル〈STRUCT〉やmadberlin(ベルリン)、Frigio Records(スペイン)、a匕to(ロシア)、P-VINE、PROGRESSIVE FOrM、ディスクユニオンから作品をリリースしているアーティスト/プロデューサーのSATOL aka BeatLive(以下SATOL)と、映像クリエイターでVJ/DJの霏de(Hideyuki Nishi)が、〈前衛派 強硬型 ダーク エクスペリメンタル サブカルチャーレーベル〉こと〈-滅- METSUJP〉を2020年に設立。その第1弾アーティストとして、SATOLと霏deからなる限定ユニット〈滅〉が、オリジナル・グローブ付きCD『METSUJP-001』を昨年12月にリリースした。レーベルの設立のきっかけから今後の展望まで、SATOLと霏deに話を訊く。 *Mikiki編集部

 


2人の音楽的ルーツ

――まず、お2人の出身地や来歴などを訊かせてもらっていいですか。

SATOL「俺は愛媛出身。そんで2歳から大阪の堺と河内長野です。のちにご縁があって九州のほうにいて、長崎と鹿児島に頻繁に出没してます」

――僕がSATOLさんに長崎で最初に会った時は、まだドイツから帰って来たばっかりの頃でしたよね。

SATOL「帰って来てちょっと経ったぐらいですかね。最初は〈Club I to I〉っていう大阪で有名なクラブで働いていて、それからジャマイカのLTCスクールっていう学校に行くんです。大阪では〈ナム〉って呼ばれてるけど、〈ナムは絶対そんなん行かれへん〉って先輩らが言うから、もちろん英語喋られへんし自殺未遂の気持ちで行きました。もう俺死ぬかもみたいな(笑)。それが確か22歳の時。それからスペイン、ドイツ。あとアジアでいうとバリとか中国、台湾、色々行きました」

――霏deさんはどうでしょう?

霏de「自分は生まれも育ちも佐賀で、フリーで映像クリエイターもやってるので、佐賀にいながら、大阪、東京、京都などオファーがあったら行くっていう感じです。都会に住みたいとは思わないけど、たまに行くと刺激がもらえるので好きです。今の距離感ぐらいが自分にとってすごく良いので、住むのは佐賀がいいですね。常に綺麗な景色が見られて好きです」

――2人が音楽という道に進んだきっかけと、これまでの音楽面での変化を教えてください。

SATOL「17くらいからバンドでベースとかギターとかをやっていて、先輩方と一緒にCDを出さしてもらったりもしてたんです。〈-滅- METSUJP〉にも通じることだけど、世界に通用するような日本の芸術をいろんな形で出す。そこにフォーカスをあてたものしかやらない、ということに関してはずっと徹底していることですね」

――電子音楽と出会ったのはいつですか?

SATOL「バンドをやってて、演奏を合わせるのも大変やし、人間関係もそうやしって思い始めた時にLogicってソフトが出てきて、そこでやりたいなと思ったんです。とりあえず一人でパッパパッパやっていく。それが一番俺には合っていたので、こういう形になっていきました」

――機材とか、音に対してのこだわりはありますか?

SATOL「社外秘なことは言われへんけど、機材よりも音のクォリティーにこだわってます。今後機材なんてもっともっといくらでもアップデートされていくんやろうし」

――SATOLさんの機材は見るたび変わってる気がします。それが出音の分厚さにまで直結していて。

SATOL「出音の分厚さは全然変わりますよ。そこは絶対に他のやつに負けてしまったらアカンもん。ライブのやつらがDJに負けるくらいならもう終わり。それやったらもうプレイせんほうがマシや。あとは俺の場合はなるべくお客さんと同じ目線になるようにフロアでやるようにしてます。ただでさえ自己主張の塊なんだから、腹括ってフロアになるべく近い目線でいたい。ステージの上なんて言わずにさ。そんな偉ないし」

――ライブではある意味無骨だったりして、SATOLさんの原点であるハードコアな部分も強く感じます。

SATOL「エレクトロニック・ミュージックをやってるのは間違いないけど、アンダーグラウンドだし、受け身にはならずにもうちょっと前に出るスタイルが重要やと思ってます。なぜならそれで本物か嘘か分かるから。前に出れば出るほど、プレイも含め本物かが分かる。俺に勝てるものなら勝ってみろっていつも思う」

――ライブと音源の捉え方の違いを教えてください。

SATOL「ライブ時は怒と哀、誇りしか考えてなくて、ただ必死にやってるだけです。音源にはイメージがあって、それに沿ってやっていく。日本独自の文化や闇から、果ては日本のエロティシズムまで、コアなまでに研磨してカオスをコスモにしていくっていうことをしています」

――霏deさんの音楽との出会いはいつですか?

霏de「自分の音楽のルーツは小学校3年生の時に聴いたX JAPANがスタートで。ヴィジュアル系やメタルから入っていって中学生の時にバンドを始めました。20歳過ぎくらいまではプロを目指してたけど、最終的にメンバー間のモチヴェーションの違いでぶつかって解散してしまい、音楽からはドロップアウトしちゃって30歳まで音楽は聴くだけでした。でも、やっぱり何かしら音楽をやりたいと思って、30歳になった時にDJを始めて、そこからまたLogicで作ったり、四つ打ち系の音楽もどんどん聴くようになったりして」

――SATOLさんから見て霏deさんはどういった存在でしょうか。

SATOL「霏deさんって今、日本刀になってるんちゃいますか。切れ味半端ない日本刀。右手に日本刀、左手にこん棒みたいな人ちゃう今?」

霏de「それ見栄えめっちゃ危ないっすね。『エンジェル伝説』みたいな(笑)」

SATOL「俺が似てるって言われる(笑)」

一同「(爆笑)」

SATOL「霏deさんはとにかくホンマに器用でデリケートで、芸術的な部分が隠しきれないところがあるから、痛みは伴うかもしれないけどそういう部分を磨いていって、自分の作品も〈-滅- METSUJP〉から出していってもらいたいなと思ってます」

霏de「自分のクリエイティヴもこれから少しずつ発信していきたいと思ってるんで。でもそれはやっぱりSATOLさんと一緒にいて気付かされた部分が多くて。自分の周りにいる人の中でも、とことん自分と向き合い続けてる人なので」

SATOL「コメント(※記事末尾参照)をくれたUZI(AGGRESSIVE DOGS aka UZI-ONE)さんとかもそういうスタイルよね」

――今回レーベル設立にあたってたくさんのコメントをもらってましたよね。

霏de「そうですね。今回一番最初にコメントをくれたのがAGGRESSIVE DOGSってバンドのヴォーカルのUZIさんで。2020年に自分がDOGSのMVを撮影・制作したのがきっかけで仲良くさせてもらって。で、新しいレーベルを始めるんでぜひコメント頂けませんかとUZIさんに言ったところ快く引き受けてくれて。UZIさん自体、日本の精神性というものにすごく通じてる人で、歌詞もすべて日本語だし、日本の文化を届けてる人でもあるので、自分たちのやろうとしてる考え方にすごく共感してくれて」

――影響を強烈に受けているっていうことですね。

霏de「DOGS自体、自分が中学生のときからライブハウスで観てたので。そういう人とまさか今一緒に仕事をできるようになるなんて思ってもなかったんで、人生本当におもしろいですね」

SATOL「今回コメントくれた全ての著名人がもうほんとヤバくて。特に斎藤選手(斎藤裕/総合格闘家、RIZINフェザー級王者)からコメントもらった時は鳥肌が立ちましたね。内容も心底嬉しかったし、誰よりも自分と向き合い続けた男の中の男だと思うので」

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