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中心がズレても失敗じゃなかった

――今回のアルバムには、千ヶ崎学さん、NONA REEVESの奥田健介さん、寺尾紗穂さん、kidlitさん、キヲク座の五味俊也さんという5人のミュージシャンが参加されています。彼らに演奏をお願いした理由は?

「私は、空気公団の音楽を演奏する以上、絵描きであってほしいと思っています。自分の楽器を一個与えると、それを自分の心みたいに演奏できる、歌詞とメロディーを見た瞬間にこういうのがいいんじゃないとサラサラっと下絵を描ける。そういう人たちにお願いしました」

――山崎さんのなかに、アルバムをこういうものにしたいという青写真はあったんですか?

「空気公団はいつもアルバムを作るとき、毎回タイトルから決めていたんです。でも、今回は違いました。タイトルを決めずに、曲を作っていきました。自分のなかから何が出てくるかに期待していたんです。これまでだと、アルバムのタイトル=テーマがあって、その枠組みのなかで自由に遊びましょうという作り方だったけど、その制約をなくした。何が出てくるかなと思って作りはじめたら、〈記憶の束〉という言葉が出てきた。そこから曲や詞が生まれたんです」

――“記憶の束”は、ゆったりした楽曲ですが、途中から力強いドラムや浮遊感に溢れたシンセサイザーが入ってて、すごくダイナミックな展開を持っています。参加ミュージシャンにお願いする段階で、ある程度アレンジを固めていたんですか?

「アレンジを考えていたけれど、音にはしていなかったです。みなさんに渡した歌と鍵盤入りのデモでは、歌詞の横に〈ここはドラムを抜いてほしい〉〈ベースを入れてほしい〉とか書いていました。実際に音にしちゃうと、その音で固定されてしまうので。

私は相手の要素がほしいんです。演奏する人によって音は変わっていくし、どんどん丸くなったり四角くなったり尖ったりする。だから、自分だけで作りたくないというか、自分だけだとあまりおもしろくない。人の要素が加わっているからこそ、作品の世界は広くなる。私が見張り番としてはいるけれど、関わる人には好きにやってほしい」

――メンバーの演奏を加えることで、山崎さんが当初描いていたイメージともっとも遠ざかったのはどの曲ですか?

「それは最後の“そしてつづいていく”ですね。もともと絶対的なイメージを持たないようにはしているんですが、やっぱり〈最低限の中心はズラさないように〉とも思っていたんです。でも、“そしてつづいていく”は中心がズレても、ぜんぜんいいなと思った。むしろ中心がズレることは、失敗じゃないんだとわかったんです」

『僕と君の希求』収録曲“そしてつづいていく”
 

――それは大きな発見ですね。

「そうですね。私は、この曲がアルバムの最終曲だという感覚もなかったんですよ。でも、周りは、〈これが最後でしょ〉と言っていたんです。さらにミックス・エンジニアさんも私にとっては〈そんな音にするんだ〉という意外なミックスをしてくれて。各々が、“そしてつづいていく”という言葉や音楽から感じたことを、さらけ出したような曲になりました」

――僕も10曲目に“そしてつづいていく”があってよかったと思いました。今回の作品では、〈僕〉と〈君〉が遠くにいる状況を描いた楽曲が多いなと感じたんです。さらに、いくつかの曲では悔いや悲しみが強く描かれていて、その背景にはこのコロナ禍で変化した日常があるように思えた。でも、この曲では、それ以前の穏やかな日常に戻っていく風景が映し出されているように聴こえたんです。

「あー、なるほど(手を叩く)。いいと思います。そうやって感想を聞けると嬉しいですよね。制作時は〈これを世の中に出して大丈夫かな〉と思いながら作っているんです。自分だけで盛り上がってるんじゃないかなって。だから、アレンジを細かく決めていく前に、街並みを見ながらデモを聴いたりするんですよ。他人の眼差しを想像しながら、風の音を聴きながら、聴いてみる。それでもやっぱり心配しているんです。だから、聴いた人が私はこう感じたと伝えてくれると〈よかったー〉と思います。どう届いても私は嬉しいんです」

――ギターがギャンギャン鳴っていてロックっぽい“大切なひとつ”も新鮮でした。

『僕と君の希求』収録曲“大切なひとつ”
 

「これは私のなかで奥田さん祭りですね(笑)。すごくいいなと思っています。でも、歌詞で言っていることはお母さんやお父さんが子供に話しかけているみたい。強さも弱さもある、優しさも冷たさもある曲。今回の曲はすべて、そういうふうに真逆のふたつの面を持っていると思います」

 

できないことをやろうとしている姿がいちばんかっこいい

――新作をはじめて聴いたとき、2012年の『夜はそのまなざしの先に流れる』と似ているという印象を抱いたんです。両作とも、力強さと静けさを併せ持つアルバムだなって。

「私もそんな感じがしていて。色違いなだという気がします」

空気公団 『夜はそのまなざしの先に流れる』 fuwari studio(2012)

――なるほど。『夜はそのまなざしの先に流れる』がジャケットの通り青だとすれば……。

「今回はオレンジ。オレンジのなかに深い闇もあるし、ひとつ灯を持っていけば、そのなかに入って行くこともできる。そういう冒険を描いた作品なのかもしれない。

『夜はそのまなざしの先に流れる』はライブ録音をもとに作ったドキュメンタリーっぽいアルバムでしたが、デザイナーと今回のジャケットを相談しているときに〈なんかこのアルバムもドキュメンタリーっぽいね〉となったんです。そこで、今回は写真を使ったアートワークにしようと思った。そして、絵を描いているところがいいんじゃない?というアイデアが出てきて、それは『約束しよう』(2002年)のオマージュでもあって」

空気公団 『約束しよう』 fuwari studio(2012)

――じゃあ『僕と君の希求』のジャケットの写真は、実際に絵を描いているところを撮影されたものなんですね。

「この店(原宿の喫茶店、SEE MORE GLASS)を通じて知り合った台湾人の画家、陳威廷(Chen Wei Ting)さんに絵を描いてもらって、その模様を撮りました。さらに彼は“記憶の束”と“かぜのね”で声を入れてくれています。“かぜのね”の語りは、彼と台湾在住のカメラマンをやっている友人、クリス・カン(Kris Kang)さんによるもの。彼らに日本語でも語ってもらったんですけど、ちょっと片言っぽい感じになって、それがすごくいいんです。やっぱり、できないことをやろうとしている姿がいちばんかっこいいですよね」

『僕と君の希求』収録曲“かぜのね”