VTuber=ヴァーチャルYouTuberの音楽作品が数多く発表されているなか、情報が解禁された時点で大きな話題になったのが月ノ美兎のデビュー・アルバム『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』だ。
本作は、ヴァーチャルライバーとして屈指の人気を誇る〈委員長〉のデビュー・アルバムというだけでも注目度は高い。だが、それと同時に、大槻ケンヂ、いとうせいこう、堀込泰行、長谷川白紙ら、エッジーなミュージシャンたちが多数参加していることが注目を浴びた大きな理由だった。
そこでこの記事では、ブログ〈Closed Eye Visuals〉や音楽メディアで執筆を行うs.h.i.に、参加アーティストに関する話題を中心に、各曲のサウンドや関連する音楽について綴ってもらった。聴きどころと挑戦に満ちた本作の〈サブカル〉感に迫る。 *Mikiki編集部
委員長はサブカルを継承/革新する
『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』は月ノ美兎のファースト・フル・アルバムで、 6月17日の生配信におけるリリース発表の直後から大きな話題を引き起こした。サブカルチャー方面の該博な知識を駆使した配信活動※1から期待された以上の豪華な制作陣は、ももいろクローバーZが『5TH DIMENSION』※2などで繰り広げてきたサブカル包括的なコラボレーション活動を直接的に連想させるし、そこに長谷川白紙※3が加わることにより、今の時代やシーンに対応できる形へのアップデート、権威主義や懐古の対象に留まらない継承という意義が生まれる。月ノ美兎自身が日頃の配信活動で行ってきたVTuberとしてのサブカル継承/革新を音楽面でも実現したのが本作なのである。
大槻ケンヂ、ASA-CHANG、長谷川白紙……アルバムの展開を示唆する前半
そして、内容の方は話題性を超えて素晴らしい。ASA-CHANG&巡礼が担当した“月の兎はヴァーチュアルの夢をみる”はレコメン系プログレとオヴァル以降の電子音楽を混ぜたような曲調で、生演奏感とデジタル感を同時に示しつつ本作の(ひいてはシーン全体の)豊かな広がりを示唆する出囃子として機能している。
続く既発曲“それゆけ!学級委員長”は自己紹介曲で、定番の曲調で安心感を与えつつ〈かなり手強いジャンルに踏み込むことはままある〉という歌詞で基本姿勢やアルバムの展開を示唆する演出が秀逸。
“ウラノミト”は前曲の雰囲気をシティ・ポップ方面に寄せつつ3776や現代ジャズに通じるコード感を滲ませ、単なるリバイバルに留まらない興味深さを醸し出す。
それに続いて繰り出されるのが長谷川白紙による“光る地図”で、半音進行を多用する変則的な歌メロにガイド・メロディーをつける親切仕様は、そのガイド・メロディーと歌声の微妙なズレが音楽的な妙味にもVTuberとしての生身感の演出にも貢献する効果を生んでいる。
〈「インターネット発の音楽」以降のゲルニカ(戸川純+上野耕路)、ブラジル音楽行き〉という印象もあるこの曲を引き継ぐのが大槻ケンヂとNARASAKIによる“浮遊感UFO”で、ポスト・パンク〜ポジティヴ・パンクを、ライト・メロウなAORを媒介としてドアーズに接続したような曲調は、絶望少女達や相対性理論にも通じる神秘的な柔らかさを湛えている。それが現行のポスト・パンク寄りのシーン(フォンテインズ・D.C.など)に通じるものになっているのも面白いし、オーケンの声ではないのに強烈なオーケン感があるのは歌詞そのものの味なのか月ノ美兎の咀嚼表現力によるものなのか、という興味も尽きない仕上がりになっている。