近年の韓国産エンターテイメントの躍進ぶりには目を見張るものがあるが、それは何もメジャーなシーンに限ったことではない。コアなシーンの界隈でもペギー・グーやイェジといった才能を輩出していることから選手層の厚さみたいなものが窺い知れるというもので、このたびファースト・アルバム『Before I Die』を完成させたパク・ヘジンもその一人だ。
ソウル出身、メルボルンとロンドンでの暮らしを経て、現在はLAを拠点に活動する彼女は、DJはもちろんのこと、トラックメイクも手掛け、ラップや歌唱も披露するなど、マルチな才能を併せ持ったクリエイターである。2018年、メルボルンのデジタル・レーベルからEP作品『If U Want It』でデビュー。韓国語と英語を用いた自身のヴォーカルをシンプルなトラックに乗せた作風で注目を集めると、Pitchforkなどが絶賛。ベルリンのベルクハイン/パノラマ・バー、イビザのDC-10といった大型クラブでのプレイを経験し、ジェイミーXXとの共演や〈プリマヴェーラ・サウンド〉などのフェスにブッキングされるなど、瞬く間に活躍の場をワールドワイドに拡大していくと、2020年にはニンジャ・チューンと契約。6月に発表したEP『How Can I』は瞬時にアナログが完売し、さまざまなメディアの年間ベストにも選出された。そのリード曲“Like This”は、持ち味であるストレートなロウ・ハウスのサウンド面での素晴らしさに加え、ヴォーカルを韓国語のみとしたのも特筆で、いわゆるルーツ・カルチャーをグローバルに発信するという世界的なトレンドとも重なっていたりする。
同年9月にはそのEPでラストを飾った曲“Call Me”を、ブラッド・オレンジことデヴ・ハインズのリワークによるコラボ曲“Call Me (Freestyle)”として発表。12月には同じくLAを活動の拠点とするノサッジ・シングとの共作曲“Clouds”をリリース。才能ある面々との邂逅で飛躍の下地を作ると、今年5月リリースの“Y Don’t U”では、エイサップ・ロッキーやサーペントウィズフィートらの作品に参加してきたクラムズ・カジノと、トラヴィス・スコットやリル・ナズ・Xの楽曲で知られるテイク・ア・デイトリップをフィーチャー。不思議な浮遊感を漂わせたダウンテンポにトラップの要素を絡めるなど、新たな一面を見せていた。
そんな彼女の初となるフル・アルバムにはデビューからのわずか3年間における目覚ましいまでの成長と拡張し続ける音楽性が15ものトラックに詰め込まれている。オープニングを飾るのは代名詞ともいうべきクールなハウス・チューン“Let’s Sing Let’s Dance”。シンプルなキックとエグいベース音がボトムをしっかりと固め、幽玄なまでに美しいピアノがメロディーを奏でると、〈歌おう、踊ろう〉という彼女の歌声がいまなお困難な状況が続く人類全体へのメッセージとしても響いてくるようだ。もちろん得意のハウスだけでなく、ヒップホップ~トラップやR&Bの要素が色濃いトラックも収録され、なかでも先行曲“Whatchu Doin Later”や“I Need You”で披露される、韓国語と英語を自在に行き来してふてぶてしいまでの存在感を放つラップ/歌唱には表現者としての際限ないポテンシャルを感じさせる。さらには、ジューク/フットワークを思わせる“Sunday ASAP”やブーティーなベース・トラック“Hey, Hey, Hey”など、さまざまな音楽的要素が取り入れられたトラック群にはDJ/トラックメイカーとしてのチャレンジも見受けられ、これまで以上に多面的な彼女の魅力に触れることができるだろう。
昨年末に予定されていた来日公演はコロナ禍の影響で今年12月に延期されているが、これを聴けばライヴへの期待感が俄然高まってしまう、そんな作品だ。
パク・ヘジン
94年生まれ、韓国はソウル出身で、メルボルンやロンドンを経由してLAを拠点に活動するDJ/プロデューサー/ラッパー/シンガー。2018年に配信リリースしたEP『If U Want It』が話題となって、ベルリンのベルクハインや88ライジング主催フェスなどに出演するなど、活躍の場を世界に広げていく。ニンジャ・チューンと契約して2020年に発表したEP『How Can I』がさまざまな音楽~ファッション系メディアで高く評価され、ブラッド・オレンジやノサッジ・シングとのコラボも経験。今年に入って“Y Don’t U”や“Let’s Sing Let’s Dance”などの先行カットをコンスタントに発表し、このたびファースト・フル・アルバム『Before I Die』(Ninja Tune/BEAT)を9月10日にリリースする。