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 では、幾重にもマイクを仕掛けて音を拾い、演奏中の被写体にレンズを向けたジーン自身の立ち位置はどうだったのか。どの写真を見ても、ジャズメンへの敬意そのままに一定の距離感を保ち、ポーズや表情の注文は一切していなかった様子が窺える。演奏陣の背後に鏡があり、そこに撮影する彼の額から上の頭部が映っている一葉がある。「影のような存在だった」と仲間たちが一様に口を揃える、彼のライヴ撮影時のスタイルが一目瞭然のカットである。 「彼は雰囲気や空気を記録していたんだ」とサイ・ジョンソン(ピアニスト)、「彼は創作の媒体を求めて、マイクを張りめぐらせた。窓の外や演奏者を撮影し、彼自身が一種の出来事だった」とデヴィッド・フレンド(元ライフ誌社員)。アンリ・カルティエ=ブレッソンが同アトリエで撮ったジーンの肖像写真も出てくる。助手が撮ったと思しき仕事姿も織り込まれるが、笑顔はほぼ皆無だ。1957年の〈田園の憂鬱〉からの転居後も〈都会の憂鬱〉へと場を変えただけの話で、彼の苛立ちの表情から晴れ間が見られる気配はほとんどない。この時期の肖像を凝視していると、餓死で腐りゆく大量のゾウ写真で知られるピーター・ビアードが自己を評した「溌溂たる鬱状態」というコトバを連想したりもする。「ウォーホル日記」の源流といわれる〈ダイアリー作家〉ビアードの日記――各見開きページには小さな文字が綴られ、隙間を新聞の切り抜きや電話メモ、野生動物やモデルの写真、外食先の紙ナプキンやメニュー類、押し花や蝋滴も垂れていれば、血痕や瓶ラベル、蛇の皮に至るまで〈生活の副産物〉が所狭しと貼り込まれてある。「些末な事どもの奴隷」、これもビアードの自己分析評だ。書籍「Diary」に結実する彼の唯一無二の日記を、映像作家のジョナス・メカスは「西洋文明のグロテスクな墓場」と評した。ジョン・バウワマスター著の評伝「ピーター・ビアードの冒険」(河出書房新社刊)に引用された記事でメカスはこう書いている。「糊と鋏をもって、彼はゴミの山の中に座りこみ、幸せいっぱいだ。彼が日記をつけるのは、記憶しておくためではない。何らかの理由や目的やゴールがあるわけではなく、ただ、そうしたいからしている」。本編中でジーンの息子、パトリック・スミス(そう、有名な「楽園への歩み」の長男)が父の仕事部屋を「ごみの山さ」と微苦笑の一言で表している。ビアードが糊と鋏ならば、ジーンのほうは写真機と録音機という違いこそあれ、〈ゴミの山の中〉の至福感、記憶や理由や目的の為ではなく、〈ただ、そうしたいからしている〉点で両者は似ているように想えた。ビアードも昨年4月に没したが、世界的写真家同士の生前交流があったかどうかは寡聞にして知らない。映画の中ではこんな字幕が浮ぶ。

My formula for successful printing remains ordinary chemicals, an ordinary enlarger, music, a bottle of scotch – and stubbornness.

 〈私のプリントの秘訣は、通常の薬品と引き伸ばし器、音楽とスコッチ、そして、こだわりだ〉。

 そもそもアナログ盤2万5千枚を所蔵する程の音楽マニアだった彼にとって、抜きんでた憧れの存在がズート・シムズだったようで、本人来訪時の挨拶録音からは〈ジーンのハニカミぶり〉が感じ取れて何とも微笑ましい記録である。

 対照的に四六時中、床やテーブルに写真を並べて吟味するジーンの仕事中毒ぶりは、本作でも一目瞭然だ。彼の語録を拾い読みしてみると、ネガは「ノートブック」「覚え書き」あるいは「気まぐれ」であり、「フライングのスタート」「下手くそな下絵」とも……決して「作品の完成形ではない」と捉えていたようだ。世界は「都合よく35mmカメラのフォーマットに合うように出来ているわけではない」が前提で、トリミングを躊躇せず、黒と白のメリハリを狙って重ね焼きも辞さなかったジーン。ある写真評論家は並外れたビアードの備忘録を「すぐに沸騰しまう心から蒸気を輩出するための安全弁なのだ」と定義した。このコトバもロフト期のユージン・スミスの執拗な記録癖を、ひいては夜な夜な集ったキャッツ勢の想いを代弁しているように思えてならない。いったい映画「ジャズ・ロフト」の〈主役〉は誰なのだろう……写真家か作品か、場所か音声か演奏陣か!? 鑑賞後、1枚のJAZZの隠れ名盤に遭遇したような気持ちが残るあたり、ラジオ放送局出身のサラ・フィシュコ監督の手腕を感じ、今後の活躍に期待をいだく。もしかしたら話題の本作の〈最優秀主演賞〉は、ジーンの秘蔵テープなのかもしれない。

 


寄稿者プロフィール
末次安里(すえつぐ・あんり)

1954年・東京生まれ。中央大学文学部を卒業後(卒論:寺山修司論)、フリーの著述家兼編集者に。微笑・新鮮・週刊大衆・FLASH・週刊宝石・女性自身…等の一般誌でアンカーマンを歴任。加山雄三の評伝、ねじめ正一との共著ほか、音楽誌「OutThere」を創刊、「JazzToday」の編集長も。

 


CINEMA INFORMATION

映画「ジャズ・ロフト」
監督:サラ・フィシュコ
撮影監督:トム・ハーウィッツ
出演:ビル・クロウ/デヴィッド・アムラム/フィル・ウッズ/スティーヴ・スワロー/フレディ・レッド/チャック・イスラエルズ/ハリー・コロンビー/ロビン・D.G.・ケリー/カーラ・ブレイ/サム・スティーブンソン/ジョン・コーエン/チャールズ・ハーバット/ヴィッキー・ゴールドバーグ/ジョン・モリス/ビル・ピアース/パトリック・スミス/スティーヴ・ライヒ/デヴィッド・フレンド/ハロルド・ファインスタイン/ジェイソン・モラン/ロバート・ノーザン/T.S.モンク
*以下、写真・声のみ
ズート・シムズ/ホール・オーヴァトン/セロニアス・モンク
配給・宣伝:マーメイドフィルム コピアポア・フィルム(2015年|イギリス|89分)
2021年10月15日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次ロードショー!
https://jazzloft-movie.jp/

 

©Larry Horricks

映画「MINAMATA」
監督・脚本・プロデューサー:アンドリュー・レヴィタス
原案:写真集「MINAMATA」ユージン・スミス&アイリーン・美緒子・スミス
音楽:坂本龍一
出演:ジョニー・デップ/真田広之/國村隼/美波/加瀬亮/浅野忠信/岩瀬晶子/ビル・ナイ
配給:ロングライド、アルバトロス・フィルム(2020年|アメリカ|115分)
絶賛公開中!
https://longride.jp/minamata/