We Want Jazz 第2期
ジャズの不朽の名盤・偉大な音楽遺産を未来へとつなぐ名作たち
約100年以上の歴史があるジャズは、時代と共にスタイルの変遷があり、それぞれのジャズ・スタイルに熱心なファンが存在する。けれど、普通にジャズと言われるスタイル、そして、ジャズ・ファンのほとんどが楽しんでいるジャズといえば、1950~60年代の4ビート・ジャズ、ハード・バップと呼ばれるジャズだろう。この時代のジャズは、都会の大人の音楽というジャズの基本のイメージを作り上げているが、それだけではなく、この時代のジャズは、様々な細かなスタイルな広がりがあり、ファンにとっては興味が尽きないというのも大きな理由になっていると思う。簡単に言うと、この世界は、ジャズの中でも一番大きな海のようだ。
今回の企画で発売されるリストを見ても、この時代のジャズの多様性のようなものが、様々に浮き彫りにされている。たとえば、当たり前のように思われるかもしれないが、ここには黒人と白人のミュージシャンが混在した世界がある。第2次世界大戦前のスイング・ジャズの時代は、白人と黒人が同じバンドで演奏することは当たり前のことではなく、とりわけ、こうしたバンドが人種差別の激しい地方に行くと、バンドは人種で分けられ、黒人たちは露骨に冷遇されるということが、むしろ当たり前だった。とはいえ、一方、このスイング時代は、人種を超えた演奏家の共演が着実に進行した時代で、こうした機運が引き継がれていったのが、第2次大戦後のモダン・ジャズの世界と言っていい。
けれど、アメリカ社会の人種差別制度は、そう簡単に無くなることはなく、公共バスの席が人種で分けられたり、学校での共学が許されなかったりというのが普通の社会だった。こうした差別への抗議が大きなうねりとなって様々な事件が起こったのが1960年前後で、この混乱が一応の解決をみるのが、1964年の公民権法の成立だった。この時代のジャズは、こうした激動の時代背景があることを忘れることはできない。
たとえば、ジャンルを超えて全米で大ヒットとなった『タイム・アウト』だが、デイブ・ブルーベックは、白人ジャズと言われるのが大嫌いで、常に黒人をメンバーに入れ、黒人向けの高級誌「エボニー」での人気投票で第一位に選ばれたことを自慢にした。といってもブルーベックの人気ライブ・シリーズの舞台は名門の大学で、聴衆もエリート白人学生ということになる。そうなるとブルーベックは、そうした状況を受け入れたのかというと、そうではない。差別が当たり前のこの時代に、ジャズが白人たちに受け入れられ、支持されたということが重要で、こうした文化的土台がなければ、公民権法成立の道はなかっただろう。この時代、野外ジャズ・フェスティバルのスタートとなったニューポート・ジャズ・フェスティバルは、白人たちの避暑地でのイヴェントで、聴衆もほぼ白人たちということが当時の映像でも分かる。このニューポートでの活躍がきっかけとなり、スター階段を駆け上ったのがマイルスだ。
「ジャズと自由は共に進む」とは、セロニアス・モンクの言葉として伝えられているが、興味深いことに、モンクのグループは、ほぼ黒人たちで組まれている。これはモンクが白人を排斥してるわけではなく、モンク・ジャズの重要な要素なのだろう。実際、モンクは白人のジェリー・マリガンとの共演作(この裏にはマリガンとの友情という逸話がある)があるし、オムニバス・アルバムの記録だが、フェスティバルでの出来事として、なんと同じピアノのブルーベックとのデュオ演奏が残されている。マイルスが人気となったニューポートの同じステージに、このモンクもいた。NYへの帰りに、演奏したモンクの名曲“ラウンド・アバウト・ミッドナイト”が勝手に変えられたとマイルスに抗議すると、マイルスは、聴衆から受けたからいいじゃないかと反論すると、モンクは怒って車から降りたというエピソードが残されている。この時代の両雄の音楽観が分かって面白い。
重要なのは、この時代のジャズが、こんな風にみんなが切磋琢磨して、自由に音楽とジャズと向き合っていたことだろう。アルバムが出たからといって、裕福になったわけではない。むしろ、この時代のミュージシャンのほとんどは困窮との闘いで、そんな状況でも音楽を捨てられなかった人々だ。そして、そこには人種の壁もない。モンクの言葉には、そんなメッセージを受け取ることができる。トロンボーンの第一人者、JJジョンソンとカイ・ウインディングの人気グループもそんな学究の絆がある。それはさらにフリー・ジャズの開祖といわれるオーネット・コールマンの登場にも言えるだろう。ジャズにおける無調の試みは、すでに1940年代のレニー・トリスターノの仲間によって試みられ、以後実験的前衛的と呼ばれるジャズの葉脈は、作編曲者のジョージ・ラッセル、ジミー・ジェフリー、セシル・テイラーらにつながっているが、ここではソニー・ロリンズのギタリスト、ジム・ホールの存在を忘れるわけにはいかない。この柔和なギタリストは、現在のパット・メセニーやビル・フリゼールらから敬愛されている存在だが、かつて在団したフリー・ジャズにもつながるジェフリーを天才と呼んでいた。こうしたつながりが、この大きな海にはたくさん隠されている。
最後にもうひとつエピソードを紹介したい。怒りのミンガスといわれたチャールス・ミンガスは、当時の人種差別政策に対して露骨な抗議作品を残しているが、そのミンガスが癌で闘病中の『タイムアウト』の大ヒット曲“テイク・ファイブ”の作者ポール・デスモンドの部屋に、チェスをやろうと入ってきた。むろん、それが見舞いであることは明瞭で、デスモンドは笑顔でミンガスを歓迎しチェスを楽しんだ。デスモンドの部屋は誰が入ってもいいように鍵は解放されていたという。こうした心の機微に触れる世界は、当時のバラードなどの演奏や歌からたくさん受け取ることができるだろう。ジャズは、あからさまに口にするより、むしろ、隠されるようにしてしっかりと大切なことを伝えようとする音楽かもしれない。このジャズの大きな海は、そんな時代の人間のこころの物語ともいえる。
We Want Jazz
第2期は、モダンジャズの名盤49タイトルを一挙リリース。CD盤は高品質CDとして確固たる評価を得ているBlu-spec CD2で製造、盤面は音匠レーベル仕様で制作。
2023年12月20日発売
●We Want Jazz 公式サイト https://www.sonymusic.co.jp/PR/wewantjazz/
●We Want Jazz 公式プレイリスト https://wewantjazz.lnk.to/samplerpL2