岩崎優也

〈ねえキルミーベイベー殺してくれ〉という印象的なフレーズと共に、突如ロックシーンに現れたSUNNY CAR WASH。若い熱量を凝縮した瑞々しいサウンドと何気ない日常に見出されたロマンチックな歌詞は、今を生きる若者の心をぶっ刺した。

そんな彼らが、2021年12月に解散した。時には休憩も挟み、迷いながらも全力でロックシーンを走り抜けた5年間。SUNNY CAR WASHは憧れられ、受け入れられ、愛されていた。バンドの歴史は止まってしまったが、後発的に彼らを好きになる人も現れることだろう。SUNNY CAR WASHとは、そういうバンドだ。

だからこそ、ギターボーカルを務めた岩崎優也が、まだSUNNY CAR WASHと名乗っているこのタイミングで訊いておきたい。SUNNY CAR WASHとは、なんだったのかと。あそこまでステージ上で狂気を放ち、命を煌めかせていた彼は、なぜSUNNY CAR WASHを続けなかったのかと。

このインタビューは、2022年2月23日にリリースされるファーストフルアルバムにしてベストアルバム、そしてラストアルバム『ハネダ!ハネダ!ハネダ!』に際しておこなったものだ。しかしながら、いつの時代にこの記事にたどり着いてもSUNNY CAR WASHを知る道しるべになるものだと願っている。

SUNNY CAR WASH 『ハネダ!ハネダ!ハネダ!』 VAP(2022)

 

学生ノリで始まったSUNNY CAR WASH

――まずSUNNY CAR WASHを結成したきっかけから教えていただけますか。

「地元である宇都宮のライブハウスでベースの羽根田君(羽根田剛、ベース)と知り合って、〈一緒にバンドをやろう〉と言い出したのが始まりです。最初は(柴原)菜帆ちゃん(元Lucie,Too)ってドラマーがいて、その子と3人でやってました」

――バンドを組んだのは、SUNNY CAR WASHが初めてですか。

「オリジナルだと初めてですね。コピーバンドは友達に誘われてちょくちょくやってたんですよ。〈ちょっと声が高いからクリープハイプ歌って〉って、学生ノリみたいな感じで」

――では、高校が軽音楽部だったとか。

「僕が行っていた高校には、軽音楽部がなかったんです。だから〈ちょっとでもいいからライブしてみたい!〉と思い、地元のライブハウスに通うようになって」

――それでライブハウスで働き始めたんですね。

「単純にバイト先を探していたのもあるんですけど、知り合いが多くなるかなって。ライブハウスの人がみんな優しかったし、自分にもできそうな気がしたんです。バーカウンターからいろんなライブが見えるので、すごくいい経験になりました。照明もやったなぁ……」

 

羽根田剛

歪でも受け入れてもらったり、歪さを受け入れたりしながら伝えあっていく

――SUNNY CAR WASHは〈ポストandymori〉と言われることもあったかと思うのですが、実際のルーツはどんなバンドになるのですか。

「THE BLUE HEARTSが大好き。↑THE HIGH-LOWS↓やザ・クロマニヨンズにも、すごく影響を受けていると思います。BUMP OF CHICKENも好きですね。高校生のとき、羽根田君と一緒に聴いていた思い出があるので」

――特徴的なヘアスタイルにしているのも、パンクバンドへの憧れゆえでしょうか。

「あると思いますね。学生の頃から全く自分のことをかっこいいと思えず、〈人とは違うんだぞ〉っていう歪な気持ちを持ちながらバンドをやってきているので。それでも受け入れてもらったり、誰かの歪さを受け入れたりしながら伝えあっていくからライブは楽しい。とか言って、結局は打ち上げで飲みすぎて前髪を切っちゃっただけなんですけど(笑)。何かを考えてバランスを取っているわけではなく、ヘンテコなまま生きててこれになってるみたいな」

――では、ご自身を〈こう見せたい〉と思うことは、あまりないタイプだと。

「いや、けっこうありました。緊張しちゃうと自意識に捉われて自分のことだけを考えて、みんなでバンドをやっている意味を見失いそうになることもあったので。

それこそ、全部がよくわからない状態になって、ライブをしていて〈何がSUNNY CAR WASHなんだろう〉と思っていた時期もあったんですよ。自分らの作っていた曲やライブがSUNNY CAR WASHだと思っていたけど、いろんな人に楽しんでもらえたり受け入れてもらえたりするようになっていくにつれて境界線が曖昧になっていって。〈本当に自分たちがやってるのかな?〉みたいな感覚でした」

――SUNNY CAR WASHが自分たちのものじゃないように感じていた時期もあったんですね。

「一時期。今となっては、エゴだったなと思います。バンド以前に、人間はひとりじゃ絶対に生きていけないじゃないですか。自分がひねくれていたから、周りのありがたみを素直に感じられてなかったんだなって」

――周りのありがたみを感じられるようになったきっかけが何かあったんですか。

「僕の体調不良で活動休止してる間(2019年3月~2020年1月)、ずっと待ってくれていたお客さんやベースの羽根田君の気持ちが伝わったような気がします。

羽根田とは仲がいいけど、深いところで何を思っているかとかは話さないんですよ。僕の曲を一緒にやりたくて、いつになるかわからない回復をただ待っててくれたんだと思うと〈すごいな〉って。ずっとそこにいて待っている羽根田君の行動や優しさに元気をもらったんですよね」

――活動休止をしている間、SUNNY CAR WASHはファンに忘れさられると思っていましたか。

「ちょっとだけ。〈こんな活動を再開するかわからないバンドを、みんな覚えてないでしょ〉って思ってる時期もあったんですけど、久々にライブしたらたくさんの人が来てくれたし応援もすごく伝わってきた。びっくりしたけど、嬉しかったですよね。

最近は本当に毎日が楽しくて。きっとひねくれてる部分は残ってますけど、今は〈どんな音楽を聴いている人も最高だな〉って思えるようになりました」

『ハネダ!ハネダ!ハネダ!』収録曲“ダーリン”のライブ動画