クリープハイプの音楽から始まった ――〈ある1日〉で遡る、ふたりの6年間
怪我でダンサーの道を諦めた照生と女性タクシードライバーの葉。2人の6年間の関係を描いた「ちょっと思い出しただけ」は、ユニークな語り口を持った映画だ。物語は2021年から始まり、そこから1年ごとに時間を遡っていく。いつも物語の舞台になるのは照生の誕生日の7月26日。2人の関係を定点観測する、そんな構成になっていることについて、監督の松居大悟はこんな風に説明してくれた。
松居大悟「この物語はラヴストーリーなんですけど、一日が主役になっているんです。その一日には特別なことは起こらない。そして、カメラはあまり人物には寄らないように、できるだけ動かさないようにしました。そうやって余白を作ることで、映画を見る人がいろいろ想像できるようにしたんです」
大きな事件が起こらない一日にドラマを浮かび上がらせる繊細な描写が、一見淡々とした物語に奥行きを生み出している。そこで演技に求められていたのは、〈密度〉だったと照生を演じた池松壮亮は言う。
池松壮亮「恋愛映画というのはロマンチックな瞬間を積み上げていくことが多いですけど、この物語は誰もが体験しているようなこと、あるいは何度も見聞きしたことがあるような、ごく些細な出来事を積み重ねていくことをベースとしています。そこに挑戦を感じたんです。それをどう積み上げどう切り取っていくかによって映画の方向性が決まります。そこで俳優がやれることといえば、質的なことよりも密度を上げていくことだと思いました。伊藤さん(葉役の伊藤沙莉)との会話、呼吸、距離感を、どうやって嘘なく密度をあげていけるのか、ということが個人的なテーマでした。伊藤さんとは初共演でしたが短い時間で同じ方向を向いてベストを尽くせたと思います」
そんな2人と並んで、本作の隠れた主人公といえるのが、クリープハイプによる主題歌“ナイトオンザプラネット”だ。映画に出演しているバンド・メンバー、尾崎世界観が、この曲を松居に聞かせたことが本作の発端だった。
松居「曲を聴いた時、この曲がラストに流れる物語を作りたいと思ったんです。これまでのクリープハイプの曲とは違う雰囲気にも惹かれましたし、バンド名の由来になったジム・ジャームッシュの映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』にちなんだ歌詞なのも覚悟を感じて。彼らがこの歌でやったように、遠い国の映画や昔の映画を新しい解釈で作品にしたいと思ったんです」
そして、松居と同じようにクリープハイプと昔から交流がある池松も、曲から刺激を受けたという。
池松「クリープハイプが世に出ていった時に数年間よく時間を共にしていたんです。この映画に出てくる高円寺などで、よく飲んだりしていました。でも、次第にそれぞれに忙しくなって6年くらい会ってなくて、この映画で再会したんです。昔、一緒にいた時はみんな20代でそれぞれが自分探しの段階だったけど、〈ナイトオンザプラネット〉はそんな時代と決別した曲だと感じました。だから、この映画を通じて自分たちの青春と決別できるんじゃないかと思いました」
映画は幸せだった過去へと向かっていくが、そこで過去を美化せず新しい出発へと繋げていく。昨年撮影されたこともあり、劇中にはパンデミックに見舞われた社会の様子が描かれているが、本作はコロナの中で新しい一歩を踏み出そうとする人々の物語でもあるのだ。
池松「〈あの頃は良かった〉という映画はたくさんありますが、この映画はそういう物語にすべきではないと思っていました。コロナ禍において、あの頃は良かったと映画で言い切るのはあまりにも身勝手だと思いました。過去と現在を地続きにすること。何とか前を向いて今日を生きる主人公の現在をフラットに演じること。過去を断罪しないこと。それらは演じる上でも意識しました。時代の変わり目、人の転換期には、人は過去をリセットしたり、過去にしがみついたりしがちです。でも、この作品は、過去に色々会ったけど今はもう大丈夫、それでもちょっと思い出しただけ。そんなバランスの作品にできるのではないかと思いました」
松居「だから、最後に映画のタイトルを出すタイミングはすごく悩みましたね。照生がいる時にタイトルを出すと、この物語が照生の思い出話になってしまう。この物語は映画を見た人それぞれの〈ちょっと思い出したこと〉にしたかったんです。そうすることで、映画を観た人が自分の人生を映画に投影して欲しかった」
観客の日常に寄り添う、そんな本作の距離感はジャームッシュの作品に通じるところもある。不安な日々が続くなかで、本作はささやかな日々の大切さや愛おしさを、改めて思い出させてくれるだろう。
CINEMA INFORMATION
映画「ちょっと思い出しただけ」
監督・脚本:松居大悟
出演:池松壮亮/伊藤沙莉
河合優実/大関れいか/屋敷裕政(ニューヨーク)/尾崎世界観
渋川清彦/松浦祐也/篠原篤/安斉かれん/郭智博/広瀬斗史輝/山﨑将平/細井鼓太
成田凌/市川実和子/高岡早紀/神野三鈴/菅田俊/鈴木慶一
國村隼(友情出演)/永瀬正敏
主題歌:クリープハイプ “ナイトオンザプラネット”(ユニバーサル シグマ)
制作・配給:東京テアトル(21年 日本 115分)
製作:『ちょっと思い出しただけ』製作委員会(東京テアトル ユニバーサル ミュージック)
©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
2022年2月11日(金・祝)全国ロードショー
https://choiomo.com/