平野暁臣

自分の耳で聴き、自分が考える〈いい音〉を録る

――ニラジさんが録音した初めてのDays of Delight作品は、RSTトリオの『plays TOKI』(2020年)ですね。

平野「このスタジオにあるファツィオリのピアノで録ったんだけど、1曲目の出音を聴いた瞬間、〈わっ、すげぇ〉と思いました。ぼくが聴いてきたすべてのジャズアルバムと音が違っていて、しかもきっちり〈いま〉の匂いがする。なによりエネルギーの高さと解像度の高さという、本来なら相反する要素がみごとに共存・調和している。

今後Days of Delightの作品が増えていけば、〈ニラジ・サウンド〉の特性、意味や価値がよりくっきりとした輪郭の像を結んでいくと思います。ここNK SOUND TOKYOがDays of Delightのホームであり、ニラジくんは〈Days of Delight Sound〉の番人です」

ニラジ「平野さんが言うように、ジャズという音楽は、元来解像度が高いし、熱いエネルギーを持っているもの。50年代、60年代の音が現代と違っているのは、かなり無理をして録ったサウンドだからであり、もっと言えば機材のせいなんです。ある時代のサウンドというのは、やはり機材の制約を大きく受けますからね。じっさい、もしルディ・ヴァン・ゲルダーがいま30代の若さだったら、50年代の機械は使ってないですよ。でも彼は、あの時代の機材で後世に残るサウンドを作った。

ヴァン・ゲルダーやアル・シュミットがなぜ天才かというと、誰の真似もしなかったから。自分の耳で聴き、自分が考える〈いい音〉を録音物の中で生かす。それがぼくのコンセプトです。

Days of Delightはまだ若いレーベルですが、積み重ねていけば時代ができあがる。それが10年後なのか20年後なのかはわからないけれど、どこかのタイミングで〈Days of Delightのサウンドって、あるよなぁ〉と言われるようになるんです、〈ブルーノート・サウンド〉があったようにね。

ただし、当時のエンジニアたちは〈このレーベル固有のサウンドを作ろう〉と考えて音作りをしていたわけじゃありません。日々の仕事を自分の流儀でやっていただけ。それが後年になって、いつしか〈このレーベルの音には共通する個性があるな〉と感じるようになる。だって同じ耳で録っているわけだから、なにも考えなくたって共通しちゃうんですよ」

 

70パーセントの〈いま〉と30パーセントの〈歪み〉

―― Days of Delightに関する音作りで特に心がけていることは?

ニラジ「Days of Delightに関する音作りは、70パーセントが〈いまのサウンド〉で、残り30パーセントはジャズが大好きな上の世代に向けたもの。言い換えれば、70パーセントは解像度の高いナチュラルな音、30パーセントは昔からジャズを聴いてきた人がどこかの時代を思い出す音になっています。

ぼくの中で60年代、70年代、80年代、90年代という4つの音のカテゴリーがあって、そのどれかを〈30パーセント〉に混ぜるんですが、どうするかは、当日ミュージシャンの出音を聴いて決めます。ぼくは録音前日にレコーディングのプランを固めるんだけど、70パーセントのファクターはその時点で、ぼくの頭の中で出来上がっている。一方の30パーセントには、一人ひとりのアーティストの個性だったり、なにかの〈味〉だったりをちょっとずつ加える。そうすれば、解像度が高いまま、アナログレコードで聴いても聴き馴染みがあると感じられる音になるわけです」

――核は〈70パーセント〉だとしても、残りの〈30パーセント〉に大きな意味がありそうですね。

ニラジ「そう。この30パーセントがすごく大事なんです。どの時代のジャズを好きな人でも聴き馴染みがあるようにするテイストが混ぜてあるから、違和感を感じない。

もうちょっとだけ細かい話をすると、昔のジャズを聴いていてなにが気持ちいいかっていうと、じつは〈歪み〉なんです。人間の耳はアナログなので、いっさい歪みのない音を聴くと気持ち悪く感じるんですね。さっき70パーセントは解像度を高くすると言ったけど、それだけだと綺麗すぎて耳が気持ちいいと思ってくれない。4Kや8Kの映像は毛穴まで見えて困ると女優さんが言うのと同じです。でも、現代の音楽にはその部分が必要なんですよ。言い方は悪いけど、30パーセントの部分に歪みを足すことでそこをごまかす。この歪み成分が、往年のジャズファンを納得させるわけですね。

そしてなにより、もしDays of Delightらしさのようなものを感じていただけるとすれば、それはまさにこの部分なんです」