俊英トランペッター、広瀬未来が〈日本ジャズのプラットフォーム〉Days of Delightから最新作『El valor』をリリースする。山口真文(テナーサックス)、片倉真由子(ピアノ)、中林薫平(ベース)、山田玲(ドラムス)という、2020年7月発売の『ゴールデンマスク』と同一のメンバーとのクインテット編成による力作で、今回はすべての楽曲を広瀬の書きおろしで統一。リーダー、コンポーザーとしてもさらに強度を増した彼の最新の境地に触れることができる。「クインテットというフォーマットでの作品づくりは大切なライフワークのひとつ」と語る広瀬未来に話をきいた。

広瀬未来 『El valor』 Days of Delight(2024)

 

関係がより深まったクインテットへの書き下ろし曲

――最新作『El valor』が完成しました。『ゴールデンマスク』以来、約4年ぶりにこのクインテットによるアルバムを制作した理由を教えていただけますか?

「『ゴールデンマスク』の次にリリースした片倉真由子さんとのデュオアルバム『Air』が完成した後に、同じ顔触れのレギュラークインテットによる作品化が決まりました。プロデューサーの平野(暁臣)さんが〈次は全曲オリジナルでいこう!〉と言ってくれたので、テンション爆上がりで(笑)。それなら全曲を書き下ろそうと。クインテットの全体像が見えている状態で、音を頭の中で描きながら曲を作っていった感じです」

――各メンバーの音色や特徴を考えて、いわゆる〈あてがき〉のような感じで曲作りをしたということでしょうか。

「そうです。だから、レコーディングに際してもメンバーに注文する必要がなかった。楽譜を渡して、〈これで、お願い!〉と言っただけです(笑)」

――前作から現在までの間に、音楽的な関係性もさらに深まったのではと感じました。

「そうですね。この4年の間にメンバーたちとの共演機会がたくさんあって、その経験がこの作品に生きていると実感しています。

ぼくは、自分のトランペットが目立つことより曲や音楽のストーリーの一部になることを望んでいます。だから、ぼくがバーッと出て行ったほうがいいところだったら出るけれど、ストーリー上出ないほうがいい場面やったら出ないし、吹かなくていいんやったら吹かないでおこうと。メンバーに力量があるので、それを引き出したいんですよね」

――その判断は今までの広瀬さんの経験によって、瞬時に切り替えられるものなのでしょうか?

「一瞬でバッとそこに行くような感じなんですけど、実際は勘に頼っているだけです(笑)。それに、ぼくは演奏にわざとらしく緩急をつけるのが苦手で。音楽のストーリーの中にいい塩梅で入れればいいなと」

 

3人の偉大なリーダーからの影響

――では、このクインテットを率いているときの、リーダーとしての喜びは?

「〈いい音〉が耳に入ってきたときです。自分が吹いていようがいまいが関係ない。このメンバーの音は素晴らしいですからね。

でも一番嬉しいのは、自分の書いたオリジナル曲が羽ばたいていくのを目の当たりにしたときです。当初イメージしていた形からどんどん離れていくこともあるけど、それがまた作曲家として嬉しいんですよ」

――自身の設定した枠の中にメンバーの演奏を収めるのではなくて、そのメンバーがハプニングを起こしていくところを楽しむ視点があるのは素敵です。

「バンドのみんなが見せてくれる世界がぼくの視野を拡げてくれる。それが、ぼくの今に繋がっている。自分に見えている世界は本当にちっちゃいなぁと常々思います」

――今まで広瀬さんがいろんなバンドで活動してきた中で、特に印象に残っているリーダーシップの持ち主は誰ですか?

「ぼくにとって最初のリーダーは黒田卓也さんです。ぼくが中学1年生のとき、彼が高校2年生で(甲南高校・中学校ブラスアンサンブルの)部長だった。顧問の先生が放任主義で全く指導しなかったので、生徒同士で勉強するしかなかったんです(笑)。そのときのリーダーが黒田さんでした。

そのあと高校を卒業して、ベースの宮本直介さんのバンドに入りました。クルマでの送り迎えの道すがらに昔の経験を話してくださることがすごく楽しくて。当時、宮本さんに教えてもらったことが今も生きています。

もう1人、ニューヨークに長く住んでおられたトランペットの嶋本高之さんからもめちゃくちゃ影響を受けました。嶋本さんはぼくと黒田さんの師匠でもあるんです。

20歳までに出会ったこの3人がぼくにとって大切なリーダーです。今でも困ったことがあったら彼らに相談しているんです」