「一度に20音を出せるピアノデュオは大抵うるさくなる。でもこのアルバムはそうじゃない。共演者に遠慮して控えめに演奏しているからじゃありません。実際それぞれがちゃんと前に出ています。うるさくないのは、それぞれの距離の取り方が適正だから。3人がいずれも、自分と相手のあるべき関係、あるべき距離をリアルタイムで相対化できているからです。メンバーそれぞれが心底リスペクトしあい、信頼しているからこそ、それができる。3人は日本ジャズ界のトップ集団にいるというだけでなく、ものごとを俯瞰できる知的なプレイヤーです。今回の企画をベストな形で成立させることができたのは、シンプルにこの3人だから。僕は結果にとても満足しています。本当に素晴らしい内容ですから」。
日本ジャズのプラットフォームとして精力的な活動を続けるレーベル、〈Days of Delight〉のオーナープロデューサーである平野暁臣は、力をこめてこう語る。予想を超えるプロジェクトを次々と世に問うている同レーベルの最新作はなんと、活躍著しい気鋭ピアニストたちによる異色の一作。高橋佑成、武本和大、平倉初音の3人が、組み合わせを変えた3種のデュオ演奏や、ソロやトリオでプレイした内容で、タイトルは『Thirty Fingers』。スタインウェイとファツィオリのアコースティックピアノ、そしてフェンダーローズエレクトリックピアノが、〈音の会話〉に用いられた。
大胆不敵な一作が生まれた背景は、いかに? レコーディングを通じて、同業他者の心に芽生えた意識は? さっそく3人の話に耳を傾けてみよう(平倉初音はリモート参加)。


エレクトーンからジャズへ、高橋佑成と武本和大のキャリア
――武本さんと高橋さんはMikikiに初登場なので、バイオグラフィ的なことからうかがえたらと思います。おふたりにはエレクトーンの経験を経て、ジャズピアニストを志したという共通点がありますね。
武本和大「エレクトーンは何百種類もの音を出せる楽器なので、そこで得た経験がメロディラインを弾くときや、オーケストレーションとかアレンジをする際に役立っているところが大きいですね」
高橋佑成「エレクトーンを弾いていたことで、いろんな音楽に触れる機会も多かったと思います。多彩なリズムも刻める楽器ですし、音楽に対する視野を広げてくれたと思います」
――高橋さんがジャズに開眼したきっかけは?
高橋「体験として大きかったのは、小学校5年のときに、母親が持っていたビル・エヴァンスのベスト盤CDを聴いたことと、日野皓正さんのライブに連れていってもらったことですね。それから自分でジャズのCDを買ったり聴いたりするようになって、エレクトーン教室をそろそろやめようかと思っていた頃に、ビル・エヴァンスをちゃんと聴き直したらかっこいいなと思って、ジャズピアノを始めました。
その後、中学生によるビッグバンド〈Dream Jazz Band〉(世田谷区教育委員会が主催)のワークショップにたまたま参加することができて、ピアノ講師の石井彰さんに、いろいろ奏法についてうかがうことができました。僕にはクラシックピアノの経験がありませんし、ピアノとエレクトーンのタッチの違いもあって、最初は音もうまく鳴らせなかったんです。ジャズはジャズの秩序で成り立っていますから、それを習得するのに時間がかかりました」
――武本さんはジャズに開眼した一枚として、チック・コリアの『Friends』を挙げていますね。
武本「小学校4年か5年のときに、コンクールに出るために既成曲を演奏することになって、家にあるCDで〈面白そうなのがあるな〉と手に取ったのが『Friends』でした。聴いてみたら当時の自分にとってはめちゃくちゃ新しく感じて、サウンド感も面白いなと思って、そこからいろんなジャズピアニストをどんどん聴くようになったんです」
――コンテストでは『Friends』に入っている曲を演奏したのでしょうか?
武本「結局、できなかったんです。エディ・ゴメスのベースラインが難しすぎて、エレクトーンの足鍵盤では歯が立たなくて(笑)。本番で演奏したのは確かバディ・リッチのオーケストラの楽曲だったと思います」
高橋「僕はコンテストでジョン・コルトレーンの“Giant Steps”を演奏しましたよ」
平倉初音「ええっ!?」
――どうせ目指すなら高い山を、ということなのでしょうか?
高橋「でも、破綻せずに演奏できたかどうかは覚えていません。その日、熱を出して寝込んだことは覚えてますけど(笑)」

武本和大が塩谷哲に教わったピアノ演奏
――平倉さんのバイオに関しては、スタンダード集『Wheel of Time』をリリースした際の最初のインタビューでうかがいました。クラシックピアノの経験を経て、ジャズピアノへ移行していますね。
平倉「実は私もエレクトーンを弾いてみたいと思って、1回だけ体験レッスンに行ったことがあるんです。でも足を動かすのが本当に難しくて、〈これは無理!〉って早々に諦めました(笑)」
――では武本さんがジャズピアニストを志すようになったきっかけは?
武本「僕はクラシックの経験がないし、ピアノ自体を熱心に弾き始めたのも大学1年からなんです。高3までは、ピアノは合唱の伴奏で弾くくらい。それ以外はずっとエレクトーンを弾いていました。
そんな中、今後の自分の進路を考えていたときに、大学のジャズ科の先生方がうちの高校のワークショップにいらっしゃるというので、それを受けに行ったら、めちゃくちゃ面白くて。〈僕はまだピアノを本格的にやったことがないんです。まず何を始めたらいいのかわかりません〉と正直に言ったところ、塩谷哲さんを紹介してくださって、そのまま完全にピアノに転向しました。
塩谷さんは音楽に対していい意味でものすごく厳しい方なので、最初の先生としてとてもありがたい存在でしたね。塩谷さんの世界観が、僕自身のやりたいことにもすごく通じる部分がありましたし、非常に尊敬しています」

異なる個性の同世代ピアニスト3人が揃って演奏する新鮮さ
――そんなふうに背景の異なる同世代のピアニスト3人が一緒に演奏しているというのが、この『Thirty Fingers』というアルバムの面白さだと思います。ピアノはリードを弾いてもサイドで弾いても輝く楽器だと思いますが、皆さんがピアニストとして音楽を表現するうえで最も心がけていることは何ですか?
平倉「ピアニストは、誰と共演するかとか編成によって役割が変わります。サイドで演奏する場合は〈今、自分にできることは何か〉を最優先で考えるし、リーダーのときは〈この人たちといい演奏をするにはどうすべきか〉を考える。あるいはソロだったら〈ピアノ1台でどこまで音楽を広げられるか〉と考えたり……。とにかく、その場に応じて、自分がすべきこと、自分にできることを常に考えるようにしています」
高橋「僕はシンプルに、自分が楽しければお客さんにも楽しんでもらえるはず、と信じているんです。もちろん、いろいろ考えることはありますが、結局、最後はすべてそこに行き着くような気がして」
武本「僕は、3和音のようなシンプルな音をパッと弾くだけで、お客さんに感動してもらえるようなピアニストになりたいと思っています。もちろんまだまだですけど。謙虚にピアニズムを学び、鍛錬を欠かさず、自分の音を磨き続けていきたいですね」
――3人のピアニストの共演作という、前代未聞の企画を平野プロデューサーからオファーされたときの率直な感想をおきかせいただけますか。
武本「〈レコーディングがどんな世界になるんだろう?〉とワクワクしました。共演するふたりが素晴らしいプレイヤーであることはもちろん知っているので、実際に演奏する前からクリエイティブなものになるという予感はありました」
高橋「3人とも異なる個性をもったピアニストなので、単純にそれぞれのプレイに興味がありましたし、一緒に演奏したらどうなるんだろう?と想像したりして、レコーディングをずっと楽しみにしていました」
平倉「当然〈面白い企画だな、楽しそうだな〉と思ったのと、タイプの違うふたりとのレコーディングなので、どんなものができるのかな?というワクワク感が私もありました」
――実際のレコーディングは、どんな感じでしたか?
武本「2台のピアノでレコーディングすること自体が初めてでしたし、お互いのオリジナル曲を演奏したりスタンダードナンバーを自由に紡いでいったり、とにかく制作におけるすべてが新鮮でした。〈ああ、ここでそれをやるのか〉とか、〈そういう展開に持っていくのか〉など、ふたりの演奏から大きな刺激を受けました」
高橋「ピアニストが3人も揃うことはなかなかないし、しかも同世代が揃って演奏することなんてまずないですから、そういった点でも面白かったですね」
平倉「タイプの違う人と演奏することによって、今までの自分にはなかった部分が引き出される体験がすごく良かったと感じています」

自作曲を同じピアニストと弾く神秘的体験
――スタンダードナンバーやジャズメンのオリジナル曲はもちろん、皆さんのオリジナルナンバー、ソロ演奏による即興のインタールードがバランスよく配置されている点も魅力的です。
平倉「組み合わせごとにオリジナルとカバーを1曲ずつ演奏したんですが、それぞれどちらが曲を持ってくるか、事前に平野さんから指定があったんです。私は佑成さんとの組み合わせでオリジナルを演奏することが決まっていました。
彼とどういう曲を演奏したいかと考えたときに、コントラストが際立つような曲を自由に演奏できたらいいなと思って、リハーサルの時に何曲か持っていった中から、“Unconscious”を選びました。〈あまり長くなりすぎないように〉ということで、一回のリハでノリをつかんで、そのまま本番のレコーディングに入った感じですね。すごく自然発生的な演奏になりました」
――武本さんの書いた“Freakin’ Ray of Sunshine”はひときわ明るい楽曲です。
武本「平野さんから、僕のオリジナルは初音ちゃんと演奏してほしいと言われていました。“Freakin’ Ray of Sunshine”は割と新しくできたオリジナルの一つで、明るく溌剌とした感じなので、彼女と演奏したら面白くなるんじゃないかと思ったんです。事前に簡単な打ち合わせをしたとき、彼女が〈どっちかがフェンダーローズを弾いたら面白いかも〉と言ったので、初音ちゃんにローズを弾いてもらいました。実はふたりともアコースティックピアノを弾いたバージョンも録ったんですが、今回はアルバムの流れの観点からローズバージョンが採用されました。
ちなみに曲名は〈めちゃくちゃ大きい太陽〉という意味です。沖縄に行った時に〈Freakin’ Ray of Sunshine〉と書いてあるTシャツを着た人を見て、そういう曲があってもいいんじゃないかと思い、明るい曲を作ろうと決めてできた曲です」
――高橋さんが提供したオリジナル曲は“Metsä”です。この曲名はどういう意味ですか?
高橋「フィンランド語で森という意味なんですが、当然わかりませんよね。実は、僕は曲名やコンセプトから曲を作ることはまずなくて、たいてい曲名は曲ができあがった後につけます。つまり僕にとって曲名は記号のようなものだから、曲名から内容を想像されたりイメージされるのはできれば避けたい。なので、あえてわかりづらくイメージしにくい名前をつけるんです(笑)」
――それにしても同年代の、同じ職業の人に、自分の書いたオリジナル曲を解釈されるのは、なかなか貴重な機会だと思うのですが……。
武本「大げさに言えば神秘的な体験です。自分の曲を自分にはない表現で聴くことができるし、でも、やっぱり同じピアニストだからこそわかることもある。すごく勉強と刺激になりました」
高橋「僕も驚きと楽しさがありました。たとえば“Metsä”にしても、〈おお、そうか、そういう感じで表現するのか〉という刺激があった。普通、自分の曲をほかのピアニストに弾いてもらうこと自体がないですからね。いま驚きと楽しさと言ったのは、演奏する楽器が同じだけに、ほかの楽器奏者よりもそれぞれのアプローチを身近に感じられる感覚があるからなんです」
平倉「私の曲を佑成さんと一緒に演奏していても、自分の考える自由な感じと、佑成さんの考える自由な感じとはまた全然違うんですよね。佑成さんならではの自由な感覚で私の曲を弾いてくれたのは、すごく刺激的でした」

世界に例がない個性派ピアニスト3人が共演した〈お祭り〉
――3人が同じ日に集まってレコーディングしたのですから、デュオの録音のときはひとりが参加せず、コントロールルームでふたりの演奏を聴いていることになりますね。
武本「そうです。スタジオの一番いいところで聴いていました(笑)。〈こんなふうに演奏しているのか〉という感動も受けて、リアルタイムで音楽が作られている場所にいられるのは至福の時間だと思いました」
高橋「ほかのレコーディングで、特定の曲で自分がちょっと外れてコントロールルームで待つことはあったけど、ここまでふたりのピアニストがガッツリ絡んでいる演奏に対してピアニストである僕が外から聴くという経験はもちろん初めてです。実に新鮮な体験でした」
平倉「私も、エンジニアの方がいるコントロールルームでレコーディング中の音を聴く経験は、〈すごい、贅沢だな!〉と思いました」
――このアルバムでは、ところどころに“Interlude”としてソロが収められていますね。
高橋「予定していた楽曲の収録が終わってホッとしていたら、いきなり平野さんに〈今からソロを録るからね。ひとり2分。即興で。ではよろしく!〉って言われたんです(笑)。3人の個性とスタイルの違いを浮き立たせるためにソロを入れようと閃いたらしくて」
平倉「2分って言われたので、タイマー代わりにケータイを持ち込んだんですけど、演奏の途中で画面が真っ暗になって、慌てて画面にタッチしながら弾きました(笑)」
――その“Interlude”は、アルバム構成と同じ平倉さん、武本さん、高橋さんの順に演奏されたとうかがいました。
平倉「はい、最初が私でした。せっかくの即興ソロですし、やはり自分の演奏だとわかるようなものを弾こうと思って、あのような演奏にしました。私といえば〈ジャズ〉だろう、ということで(笑)」
武本「僕はファツィオリで演奏したのですが、ファツィオリはとにかく音の鳴りがものすごい。それを生かしたサウンドにしたいと思いながら、一音一音を紡いでいくような感覚で演奏しました。タイマーを見ながら(笑)」
高橋「最後の僕は、ふたりの演奏を聴いた後だったから、〈うわー、やられちゃったな〜。同じ感じにはできないなぁ〉というプレッシャーの中で、タイマーを忘れてスタジオに入ったんです(笑)。結果、武本くんと全く同じ2分15秒でゴールしました(笑)!」
――ラストの楽しい“Blue Monk”まで、本当に流れるように聴けて、しかも3人それぞれの持ち味も知ることができるのが『Thirty Fingers』という一枚だと思います。
高橋「3人のピアニストが集まってスタジオでレコーディングされたデュオ作品なんて、たぶん世界を見ても例がないでしょう。その意味で、このアルバムからある種の〈お祭り〉のような雰囲気を感じてくれたらいいなと思います」
平倉「私は、ピアニスト必携のアルバムになったと思っています。ピアニストには100%、全員に聴いてほしいですし、もちろんリスナーの方にも聴いてほしい。3人とも全然タイプが違うので、いろんな楽しみ方ができる作品だと思います」
武本「3人それぞれが持っている音楽観の違いが、この一枚を聴けばありありとわかります。ライブの真空パックのような感じもありますし、すごく聴きやすいアルバムになっているので、ぜひ多くの人に聴いてほしいですね」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2024年8月21日(水)
品番:DOD-046
価格:2,750円(税込)
TRACKLIST
1. I’ll Remember April
2. Freakin’ Ray of Sunshine
3. Interlude_A
4. Unconscious
5. Metsa
6. Interlude_B
7. Cherokee
8. P.N.J
9. Interlude_C
10. Blue Monk
(2024年3月8日 東京録音)
■演奏者
高橋佑成 piano, fender rhodes
武本和大 piano
平倉初音 piano, fender rhodes
LIVE INFORMATION
発売記念ライヴ
2024年11月21日(木)東京・南青山 岡本太郎記念館
※詳細は記念館HPにて
https://taro-okamoto.or.jp/