(左から)武本和大、平倉初音、高橋佑成

「一度に20音を出せるピアノデュオは大抵うるさくなる。でもこのアルバムはそうじゃない。共演者に遠慮して控えめに演奏しているからじゃありません。実際それぞれがちゃんと前に出ています。うるさくないのは、それぞれの距離の取り方が適正だから。3人がいずれも、自分と相手のあるべき関係、あるべき距離をリアルタイムで相対化できているからです。メンバーそれぞれが心底リスペクトしあい、信頼しているからこそ、それができる。3人は日本ジャズ界のトップ集団にいるというだけでなく、ものごとを俯瞰できる知的なプレイヤーです。今回の企画をベストな形で成立させることができたのは、シンプルにこの3人だから。僕は結果にとても満足しています。本当に素晴らしい内容ですから」。

日本ジャズのプラットフォームとして精力的な活動を続けるレーベル、〈Days of Delight〉のオーナープロデューサーである平野暁臣は、力をこめてこう語る。予想を超えるプロジェクトを次々と世に問うている同レーベルの最新作はなんと、活躍著しい気鋭ピアニストたちによる異色の一作。高橋佑成、武本和大、平倉初音の3人が、組み合わせを変えた3種のデュオ演奏や、ソロやトリオでプレイした内容で、タイトルは『Thirty Fingers』。スタインウェイとファツィオリのアコースティックピアノ、そしてフェンダーローズエレクトリックピアノが、〈音の会話〉に用いられた。

大胆不敵な一作が生まれた背景は、いかに? レコーディングを通じて、同業他者の心に芽生えた意識は? さっそく3人の話に耳を傾けてみよう(平倉初音はリモート参加)。

高橋佑成, 武本和大, 平倉初音 『Thirty Fingers』 Days of Delight(2024)

 

エレクトーンからジャズへ、高橋佑成と武本和大のキャリア

――武本さんと高橋さんはMikikiに初登場なので、バイオグラフィ的なことからうかがえたらと思います。おふたりにはエレクトーンの経験を経て、ジャズピアニストを志したという共通点がありますね。

武本和大「エレクトーンは何百種類もの音を出せる楽器なので、そこで得た経験がメロディラインを弾くときや、オーケストレーションとかアレンジをする際に役立っているところが大きいですね」

高橋佑成「エレクトーンを弾いていたことで、いろんな音楽に触れる機会も多かったと思います。多彩なリズムも刻める楽器ですし、音楽に対する視野を広げてくれたと思います」

――高橋さんがジャズに開眼したきっかけは?

高橋「体験として大きかったのは、小学校5年のときに、母親が持っていたビル・エヴァンスのベスト盤CDを聴いたことと、日野皓正さんのライブに連れていってもらったことですね。それから自分でジャズのCDを買ったり聴いたりするようになって、エレクトーン教室をそろそろやめようかと思っていた頃に、ビル・エヴァンスをちゃんと聴き直したらかっこいいなと思って、ジャズピアノを始めました。

その後、中学生によるビッグバンド〈Dream Jazz Band〉(世田谷区教育委員会が主催)のワークショップにたまたま参加することができて、ピアノ講師の石井彰さんに、いろいろ奏法についてうかがうことができました。僕にはクラシックピアノの経験がありませんし、ピアノとエレクトーンのタッチの違いもあって、最初は音もうまく鳴らせなかったんです。ジャズはジャズの秩序で成り立っていますから、それを習得するのに時間がかかりました」

――武本さんはジャズに開眼した一枚として、チック・コリアの『Friends』を挙げていますね

武本「小学校4年か5年のときに、コンクールに出るために既成曲を演奏することになって、家にあるCDで〈面白そうなのがあるな〉と手に取ったのが『Friends』でした。聴いてみたら当時の自分にとってはめちゃくちゃ新しく感じて、サウンド感も面白いなと思って、そこからいろんなジャズピアニストをどんどん聴くようになったんです」

――コンテストでは『Friends』に入っている曲を演奏したのでしょうか?

武本「結局、できなかったんです。エディ・ゴメスのベースラインが難しすぎて、エレクトーンの足鍵盤では歯が立たなくて(笑)。本番で演奏したのは確かバディ・リッチのオーケストラの楽曲だったと思います」

高橋「僕はコンテストでジョン・コルトレーンの“Giant Steps”を演奏しましたよ」

平倉初音「ええっ!?」

――どうせ目指すなら高い山を、ということなのでしょうか?

高橋「でも、破綻せずに演奏できたかどうかは覚えていません。その日、熱を出して寝込んだことは覚えてますけど(笑)」

 

Days of Delightからの2作目『Moon and Venus』(2024年)についてのインタビューでの平倉初音

武本和大が塩谷哲に教わったピアノ演奏

――平倉さんのバイオに関しては、スタンダード集『Wheel of Time』をリリースした際の最初のインタビューでうかがいました。クラシックピアノの経験を経て、ジャズピアノへ移行していますね。

平倉「実は私もエレクトーンを弾いてみたいと思って、1回だけ体験レッスンに行ったことがあるんです。でも足を動かすのが本当に難しくて、〈これは無理!〉って早々に諦めました(笑)」

――では武本さんがジャズピアニストを志すようになったきっかけは?

武本「僕はクラシックの経験がないし、ピアノ自体を熱心に弾き始めたのも大学1年からなんです。高3までは、ピアノは合唱の伴奏で弾くくらい。それ以外はずっとエレクトーンを弾いていました。

そんな中、今後の自分の進路を考えていたときに、大学のジャズ科の先生方がうちの高校のワークショップにいらっしゃるというので、それを受けに行ったら、めちゃくちゃ面白くて。〈僕はまだピアノを本格的にやったことがないんです。まず何を始めたらいいのかわかりません〉と正直に言ったところ、塩谷哲さんを紹介してくださって、そのまま完全にピアノに転向しました。

塩谷さんは音楽に対していい意味でものすごく厳しい方なので、最初の先生としてとてもありがたい存在でしたね。塩谷さんの世界観が、僕自身のやりたいことにもすごく通じる部分がありましたし、非常に尊敬しています」