日本ジャズのプラットフォーム〈Days of Delight〉(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)から、コンピレーションアルバム『Another Side of “Days of Delight” vol.1』が登場する。すべて初公開となるテイク集で、名サックス奏者・土岐英史のラストレコーディングから、ドラマーの竹村一哲や山田玲をはじめとする次世代のパフォーマンスまで、さまざまな快演が日本ジャズの〈いま〉を照らす。
今回ご登場いただくニラジ・カジャンチ氏は、2020年からDays of Delightの作品の数々に携わっているエンジニアだ。ボストンのバークリー音楽大学にフィル・ラモーンの推薦で入学しエンジニアリングを専攻、キラーズのヒット作『Sam’s Town』(2006年)やマイケル・ジャクソンの音作りへの関与を経て、東京にスタジオ〈NK SOUND TOKYO〉を開設。安室奈美恵、氷川きよし、三浦大知などのレコーディングも行なってきたオールラウンドな耳と感性の持ち主である。
ポップスをはじめ様々なフィールドでも成果をあげ続けてきたニラジ氏と、ジャズ業界へのコネクションをまったく持たないままレーベルを始めた平野氏がいかに出会い、〈Days of Delight Sound〉の創造に向かったのか。さっそく談話を紹介したい。
50、60年代風の音を作っても若者には届かない
――おふたりが出会ったきっかけを教えていただけますか。
平野暁臣「第1弾アルバムのローンチから1年が過ぎた頃、単に音がいいというだけでなく、レーベルの思想や個性を体現した〈Days of Delightの音〉を確立したいと思い、〈誰かイケてるエンジニアを知らない?〉と第一線のミュージシャンに尋ねて回ったんです。すると何人かが口を揃えて〈ニラジ・カジャンチ〉と答えた。もちろん初めて聞く名前でした。
たしかピアノの片倉真由子に紹介してもらって、このスタジオで会ったんじゃなかったかな。文字通りの〈一目惚れ〉でした(笑)」
ニラジ・カジャンチ「ぼくはこれまで数多くのジャズ作品を手がけてきました。日本でジャズを録ることができて、しかもメジャーではないところで動いているエンジニアって、本当に少ないんですよ。バークリーにいた頃から、ジャズミュージシャンとのいろんな繋がりができていたことが大きかったですね」
平野「初めて会ったときの彼の話があまりに強烈かつ合理的だったから、ぼくはもう音を聴く前に、一発で〈オレが探していたのはこの男だ!〉と直感したんです。
〈平野さん、どんな音にしたいの?〉と訊かれたので、ぼくは〈やっぱりルディ・ヴァン・ゲルダーみたいな感じかな。50年以上ジャズを聴いてきて、ブルーノートやプレスティッジの音が自分の中に刷り込まれてるし、やっぱりジャズファンはそういう音を聴きたいはずだから〉と答えたんですよ。そうしたら……」
ニラジ「そのときぼくが最初に言ったのは、〈だったらぼくじゃないですよ。それだとぼくに頼む意味ないです〉ということ。いまこの時代に50年代、60年代風の音を作ってもね。
もちろん、ジャズが一番輝いていた時代を大切にしたいという平野さんの気持ちはよくわかります。ぼくだってあの時代の音は好きですから。でもそこに〈いま〉はありません」
平野「〈平野さんは誰に向けて作品を作ろうとしているの? 50年代、60年代を懐かしむ世代に向けて作るなら、それもアリだと思う。だけど、もし若い世代に届けたいなら、それは違うんじゃないかな。いまの若い子たちにあの時代の音を聞かせたら、自分には関係のない世界とシャッターを下ろされちゃうからね〉とはっきり言われて、目が覚めた。まったくその通りですから。ぼくは自分のノスタルジーを判断基準にしていたわけで、もしニラジくんと出会っていなかったら、いまもその路線を走っていたでしょう。初対面なのにこんな風に直言してくれる人なんていませんよ」