〈コントラファクト〉という手法がある。ジャズ流の〈替え歌〉といえばいいだろうか。既成の楽曲のコード(和音)進行を元ネタとして、そこにまったく新しいテーマメロディをつけてしまおうというスタイルだ。たとえば、“How High The Moon”からは“Ornithology”(チャーリー・パーカー)が生まれ、“(Back Home Again In) Indiana”からは“Donna Lee”(マイルス・デイヴィス)が生まれ、“Just You, Just Me”からは“Evidence”(セロニアス・モンク)が生まれ、“Out Of Nowhere”からは“Nostalgia”(ファッツ・ナヴァロ)、“I Got Rhythm”からは“Lester Leaps In”(レスター・ヤング)が生まれた。ジャズメンが持つ〈原曲への愛情〉と〈原曲とは一線を画す創意工夫〉を同時に感じることのできる、楽しくも同時に、その音楽家のレベルを知るうえでの一種の試金石ともなるシステムがコントラファクトなのだ、といいたい。

アルトサックス奏者の池田篤は、最新作『Taste of Tears』をコントラファクトによるオリジナル曲で占めた。〈日本ジャズの新たなプラットフォーム〉Days of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)における前作『スパイラル―ソロライヴ・アット・岡本太郎記念館』も〈無伴奏ソロ、フリーフォームの即興ではなくて既成の楽曲を演奏、しかも聴いていて楽しい〉という非常に稀な一枚であったが、今回のアルバムも非常に稀であろう〈全曲コントラファクト〉というコンセプトの中に、この奏者の豊かな経験、音楽性、ディグニティが滲み出た大変な傑作であるとの印象を受けた。ジャズの深みを熟知し、敬意を表しながらも冒険を続けるという点で、池田篤とDays of Delightの志向は鮮やかに共通している。ジャケットデザインに、岡本太郎の未発表ドローイングが用いられていることも話題を集めることだろう。

日本屈指のビッグバンド・小曽根真 No Name Horsesの新譜『Day 1』でも鮮烈なプレイを聴かせる池田篤が、ピアノ、ベースと会話するようにサックスを奏でる『Taste of Tears』。作品誕生の背景や、スタンダードナンバーに開眼したニューヨーク時代の出来事について話をきいた。

池田篤 『Taste of Tears』 Days of Delight(2024)

 

マーカス・ベルグレイヴに教わったこと

――最初の衝撃的なジャズ体験について教えていただけますか?

「中学生のとき、渡辺貞夫さんのFM番組『マイ・ディア・ライフ』の5周年コンサートに行きました(1977年7月6日、中野サンプラザ)。それを見て人生が決まった感じですね。ピアノが本田竹曠さん、ベースが岡田勉さん、ドラムが守新治さんだった頃のバンドです。かっこよかったんですよ。ジャズミュージシャンはもちろん、リスナーの人も僕にはかっこよく感じられて。そういう大人たちに憧れました。アルトサックスを始めたのは高校に入学してからです」

――その後、国立音楽大学在学中にプロのミュージシャンとなり、1990年から1995年まではニューヨークを拠点に活動なさいましたね。

「僕はその頃、フリー寄りのジャズが好きだったので、ビバップ的なものにはあまり関心がなかったんですが、その後、初期のジャッキー・マクリーンやチャーリー・パーカーなどを聴いて、知れば知るほどオーセンティックなジャズの深さがわかってきて、これはニューヨークに行くしかないという気持ちになったんです」

――デトロイトジャズ界の重鎮トランぺッター、マーカス・ベルグレイヴとはニューヨークで知り合ったのでしょうか?

「そうです。当時、マーカスはよくニューヨークに来ていました。僕がウィントン・マルサリスのヴィレッジ・ヴァンガード公演にシットイン(飛び入り)したときに、それを観ていたマーカスのマネージメントをしていた方に呼び止められたんです。〈マーカス・ベルグレイヴを知っているか?〉と訊かれたので〈よく知りません〉と答えたら、〈マーカスがブラッドレイズに出るので来ないか?〉と誘われて。ブラッドレイズの最終セットで一緒に演奏したんですが、なぜか気に入ってもらえたんです。マーカスはジェリ・アレンやケニー・ギャレットにも慕われている、ミュージシャンズミュージシャンの典型みたいな人でした。後日、彼のレコーディングにも参加しました(アルバム『Working Together』)」

――マーカスはまた、池田さんの初リーダーアルバム『Everybody’s Music』にも参加しています。彼から学んだことは?

「マーカスの隣で吹くうちに、言葉にできないものを学んだという感じでしょうか。音楽とは、ジャズとはどうあるべきかというような……。

彼からはいろんな曲も教わりましたが、決して譜面は使わずに、ワンフレーズごとに口で教えてもらい、それをつなぎ合わせていくことで一曲を覚えていく感じです。スタンダードナンバーやビバップの曲を彼が口伝えしてくれた経験は忘れないし、自分が教鞭を執るときにもとても役立っています」