歌心いっぱいの、緩急に富んだアコースティックギターソロ。しかもすべて即興で展開されたというのだから、驚くほかない。

日本のジャズのプラットフォームとして精力的な活動を続けるレーベル、Days of Delight(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)から、要注目の一作がリリースされる。多方面の音楽カテゴリーで才能を発揮するギタリスト、鬼怒無月の新譜『フォーヴィスム』だ。

Bondage Fruit、Salle Gaveau、Warehouse、Coil、是巨人、FRETLAND、Play Rock!!、ARCANA、Eraなど、30年以上のキャリアにおいてさまざまなプロジェクトで多忙な日々を送ってきた鬼怒だが、〈アコギの即興でアルバム一枚〉というコンセプトの作品は今回が初めて。2011年2月に六本木ヒルズアリーナで行われた岡本太郎生誕100年バースデーイベント〈TARO100祭〉にSalle Gaveauとして出演以来、続いてきた平野プロデューサーとの親交が、ついにアルバムに結実したのである。

そんな鬼怒に、『フォーヴィスム』と即興演奏論を語ってもらった。

撮影協力:クロサワ楽器 お茶の水 Dr.Sound アコースティック専門店

鬼怒無月 『フォーヴィスム』 Days of Delight(2024)

 

きっかけは岡本太郎のアトリエでのセッション

――アルバム『フォーヴィスム』制作に至ったきっかけを教えていただけますか?

「コロナ禍の前まで下北沢のleteというスペースで2~3ヵ月に一度、ソロのライブをしていました。日によって曲ばかりを演奏するときもあるし、即興ばかりのときもあるという感じだったんですが、コロナ禍になってしばらく(ソロ演奏を)中断していたんです。

その後、昨年10月に、岡本太郎さんのアトリエでセッション動画を撮影する〈Days of Delight Atelier Concert〉にギタリストの小金丸慧くん、ベーシストの高橋佳輝くんと参加したんですが、そのとき平野さんが僕の即興ソロをとても気に入ってくださって、驚くことに、その日のうちにインプロビゼーション(即興演奏)のソロアルバムを作ることが決まっちゃった(笑)。

で、その後レコーディングまでに何回かソロのライブをブッキングして、自分なりに準備をして録音に至ったっていう感じです」

――〈Atelier Concert〉の動画は、確かに圧巻のパフォーマンスでした。

「あのときは比較的、生っぽい音が出るセッティングにしたエレアコを弾いたんですが、今回のアルバムでは完全にアコースティックギターだけを演奏しています。(録音場所である)太郎さんのアトリエは響きも良いので、ストレスなく演奏できました。レコーディングにはナイロン弦のガットギター2本と、鉄弦のいわゆるフォークギター1本を持っていって、〈次のインプロはこんな感じで行こうかな〉と、ギターを選んでから演奏を始めていったんです」

 

画家が絵を描くようにイメージする音をギターで表現

――共演者もおらず、楽曲の構成も定まってないなかで、即興の海に漕ぎ出してゆく。当然ながらオーバーダビングもしていないわけですよね?

「オーバーダブ(多重録音)もパンチイン(部分的な録り直し)もやっていません。事実上のライブレコーディングです。たとえば、とりあえずEメジャーでも弾いてみようかというところから始めて、あとは流れに乗っていく感じですね。

僕はまったくといっていいほど正式な音楽教育を受けていなくて、昔ながらの〈見よう見真似でギターを始めてプロになりました〉というタイプなんです。僕の即興を一言でいえば、頭の中でイメージする音楽世界に近いと思われるものを、ギターを使って探すような感じです。

実際には、〈こっちに行く〉と見せかけて別の方向に行くこともありますし、それがうまくいかないこともありますが、インプロビゼーションですから、すでにやってしまったことはしょうがない。ならばそこから新しいものを作っていこう、なんとか行き着くところまで行こうというような考えでやっています。自分で自分の演奏を聴きながら、今はこのくらいの音域でこれだけたくさんの音数を弾いているから、次はちょっと音数を間引いてみようとか。

もしかしたら画家が絵を描くのに近い感覚なのかもしれません。僕は絵画を見るのがすごく好きですし……。なので、太郎さんのアトリエで演奏できることは、本当に嬉しかったですね」

――最初の音を鳴らした瞬間、どこかで必ずエンディングに着地しなければならないわけですが、『フォーヴィスム』に収められている8篇の即興は、ゴールへの到達が本当に鮮やかです。

「以前は演奏を終わらせるのが苦手でした。即興演奏の場合、最初の何音かは誰でも面白いことができるんですよ。だけどきちんと終わらせるのは難しい。なので、仮に高いゴールを設定していたとしても、そこに行き着く前に〈ここで終わった方がいい〉と感じたらその時点で終わりにしますし、変な言い方ですけど、無理し過ぎないようにしています。何回かに一回は〈ちょっとマズい感じになってきてるけど、このまま行っちゃえ!〉みたいなときもありますけどね(笑)。いずれにしても、終わり方については結構早い段階から意識しています」