滅びの運命をたどる平家の人々のかけがえのない一瞬一瞬を描いたヒューマンドラマ

山田尚子, 悠木碧 『平家物語 Blu-ray box』 ポニーキャニオン(2022)

 「平家物語」について、おそらく多くの日本人は、教訓めいた〈軍記物〉として記憶している。盛者必衰。武士の世を創り慢心した平家一門は、宿敵・源氏に滅ぼされて当然だ、と。

 ところがどうだろう。作品冒頭から、美しい蝶と花。没落していく一族がまとう、不穏なほどの優雅さ。蝶は平家の家紋だが、その色彩や静謐は平安の雅そのもので、〈武士の物語〉のイメージを見事に裏切る。そして主題歌はうたう。〈世界は美しいよ 君がそれを諦めないからだよ〉。この歌は、一体なにを託されているのだろう。

 平清盛の長男で、亡者が見える目を持つ棟梁・平重盛と、未来が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわとの出会いから、15年に及ぶ激動の物語である。平家に父を殺されたびわは、敵である重盛に引き取られるが、拭えぬ悲しみを背負った彼とその家族を愛するようになる。しかし源氏の影が迫り、平家の人々は〈戦争は嫌だ〉と語りながら悲しい運命をたどる。なぜ、戦わねばならぬのか。一族は揺れ動き、それぞれの決断をしていく。

 こんな物語だったのか、と衝撃を受けずにはいられなかった。戦勝者目線の古典の断片や、教科書だけではわからないヒューマンドラマ。それをアニメーションは描く。びわとともに一族を最後まで見届ける清盛の長女・徳子の、女性としての闘いも現代の私たちとリンクし、鮮烈な印象を残す。

 つま弾かれる琵琶の音に震えた方も多いだろう。作中にナレーションはなく、正派薩摩琵琶の名手・後藤幸浩が監修したという本格的なびわの平曲演唱が、物語の要所要所で観る者のエモーションを揺さぶる。

 そう、「平家物語」は800年の長きにわたり歌い継がれてきた〈音楽〉でもある。どうしようもない運命に直面したとき、人はさまざまな感情を歌に託す。「平家物語」は、語り継がれたレクイエムなのだ。

 平家の人々の行く末を、私たちはあらかじめ知っている。歴史を変えることはできないからだ。でも、結末だけで一体何がわかるだろう。彼らにとっても一瞬一瞬がかけがえのない〈今〉であり、期待と不安が入り混じる〈未来〉だった。喜び、悲しみ、必死に愛したり、あがいたりする彼らの姿は、いまを生きる私たちとまるで変らない。

 私たちもいずれこの世からいなくなるけれど、それでも愛するし、何かを残せるかもしれない。だから世界を信じて、諦めないで生きよう――。21世紀、私たちの世代が語り継ぐ美しいレクイエムが、未来へ届くようにと願う。