確立されたスタイルと世界観

 86年5月にリリースされた杉山清貴のファースト・シングル“さよならのオーシャン”は、作詞を大津あきら、作曲は杉山によるもので、オメガトライブ期を通じて、自身の書いた曲がシングル表題曲となった初めてのナンバーでもあった。歌われる世界観は、オメガトライブに通じる〈夏〉〈海〉といったテーマが散りばめられたもので、サウンドこそロック的なアプローチが増したものの、杉山の爽快なヴォーカルが効いたメロディーはオメガトライブと違和感なく親しめるもの。ほぼ同じタイミングでリリースされた1986オメガトライブのデビュー・シングル“君は1000%”のヒットによる煽りを受けることなく、オリコンチャートでは4位をマーク。杉山清貴という個人の魅力が世の中に求められていることを実証した。続く同年11月のクリスマス・バラード“最後のHoly Night”はオリコン2位。TBS「ザ・ベストテン」では、オメガトライブ期でも成し遂げていなかった4週連続1位を記録し、現在のところ杉山の最大のヒット曲となっている。また、86年7月の『beyond...』、87年3月の『realtime to paradise』といった2枚のアルバムはいずれも1位を記録。それらを経て87年5月のシングル“水の中のAnswer”では、これまたオメガトライブ期に成し遂げられなかったオリコンシングルチャート1位を獲得した。

 ソロ活動に移行後は、基本的に詞は作家、作曲は杉山自身というチームでの作業。歌詞が描く風景、豊かな情感を与えるメロディーには一聴して彼のものとわかるスタイルが確立され、適度なウェットさを持ちながらも心地良く高域まで伸びていく歌声でもって、それは上質でアダルトなポップソングとして紡がれていく。

 その後も、杉山オメガ解散以来となった林哲司アレンジの“風のLONELY WAY”(作詞: 田口俊)がオリコン1位を獲得、林が作曲した“僕の腕の中で”(作詞:秋元康)、芳野藤丸アレンジの“渚のすべて”(作詞:康珍化)というTOP3ヒットも立て続けに放ち、ソロ・アーティストとしての地位をしっかりと固めていった杉山だが、元号が昭和から平成へと変わる頃から風向きが少し変わってくる。バブル時代を背景にオメガトライブ期から歌われてきた非日常的な風景描写を孕んだ歌詞、言うなればイマジナティヴな音楽が流行歌のド真ん中ではなくなってくる。80年代後半のバンド・ブームも遠因となったのかもしれないし、ティーンエイジャーに夢を与えてきたアイドルが冬の時代を迎えていたのも、それを象徴するひとつの事例だろう。

 そんななかで杉山はレコード会社を移籍。最初に放ったシングル“いつも君を想ってる”(90年)では、〈ジープの幌が喚き散らしても構わないさ〉で歌いはじめる、大雑把な言い方をしてしまえば男臭さや土臭さのような、それまでの杉山の世界観にはあまり見受けられなかった歌詞が展開される。ルックスも、髪を伸ばしてちょっとワイルドに。時代に翻弄されつつも、同曲を収めたアルバム『SPRINKLE』(90年)は、現地の凄腕ミュージシャンを迎えてLAでレコーディングという意欲的な作品で、見事1位に輝いている。