終わらない季節、杉山清貴の歌世界を改めて堪能しよう!

 昨年5月にソロ・デビュー35周年を迎えた杉山清貴。そのアニヴァーサリー・イヤーの締めくくりとして、これまで発表してきたシングルを(カップリング含め)コンプリートで収めた5枚組ボックス『35(+3)SUMMERS Sugiyama, Kiyotaka Single Collection』、初期3作のアルバム『beyond...』『realtime to paradise』『kona weather』のリマスター盤がリリースされる。ソロとして37度目の夏──今年も彼の季節がやってくる前に、改めてその足跡を辿ってみたい。

 彼は83年春、杉山清貴&オメガトライブのヴォーカリストとして、音楽シーンの前戦に躍り出た。デビュー・シングル“SUMMER SUSPICION”を皮切りに、“君のハートはマリンブルー”“ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER”など次々とヒット曲を送り出していったオメガトライブだが、このグループは、当時所属するプロダクションの代表/プロデューサーだった藤田浩一が主導する〈バンド・プロジェクト〉。杉山ほかメンバーの高島信二、西原俊次、廣石恵一、大島孝夫、吉田健二は、それまで〈きゅうてぃぱんちょす〉というバンドで活動していて、ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)に出場/入賞した際に藤田にスカウトされたという流れでプロジェクトに参画した。

 きゅうてぃぱんちょすは、ドゥービー・ブラザーズなどウェストコースト・ロックのサウンドを標榜するバンドだったが、オメガトライブではオリジナル楽曲を封印し、作詞:康珍化、作編曲:林哲司という作家陣によって用意された楽曲、世界観を表現。〈夏〉〈海〉を背景に、センチメンタリズムを含んだ歌詞、コード進行が入りくんだAORテイストのサウンド、そこに杉山の歌声が乗ることで、独特のメロウ感を浮かび上がらせていた。レコーディングもヴォーカルの杉山のみが参加する形で、演奏はスタジオ・プレイヤー。そこにもともとのバンドの意志が反映されることはなかった。〈売れたら自分たちの好きなことをやってもいい〉ということだったが、デビューから成功を収め、さらに人気が加速していったなかで、オメガトライブのイメージを崩すことができなくなっていく。そんな鬱憤のようなものがバンド内で高まった結果、オメガトライブは人気絶頂の85年末に解散(プロジェクトは新たなメンバーを迎えた1986オメガトライブとして始動)。わずか2年8か月という活動期間だった。解散当初の杉山はしばらく充電期間を置くつもりだったそうだが、レコード会社からのオファーがあり、少々想定外のタイミングでソロとしてのキャリアをスタートさせることになる。

 

確立されたスタイルと世界観

 86年5月にリリースされた杉山清貴のファースト・シングル“さよならのオーシャン”は、作詞を大津あきら、作曲は杉山によるもので、オメガトライブ期を通じて、自身の書いた曲がシングル表題曲となった初めてのナンバーでもあった。歌われる世界観は、オメガトライブに通じる〈夏〉〈海〉といったテーマが散りばめられたもので、サウンドこそロック的なアプローチが増したものの、杉山の爽快なヴォーカルが効いたメロディーはオメガトライブと違和感なく親しめるもの。ほぼ同じタイミングでリリースされた1986オメガトライブのデビュー・シングル“君は1000%”のヒットによる煽りを受けることなく、オリコンチャートでは4位をマーク。杉山清貴という個人の魅力が世の中に求められていることを実証した。続く同年11月のクリスマス・バラード“最後のHoly Night”はオリコン2位。TBS「ザ・ベストテン」では、オメガトライブ期でも成し遂げていなかった4週連続1位を記録し、現在のところ杉山の最大のヒット曲となっている。また、86年7月の『beyond...』、87年3月の『realtime to paradise』といった2枚のアルバムはいずれも1位を記録。それらを経て87年5月のシングル“水の中のAnswer”では、これまたオメガトライブ期に成し遂げられなかったオリコンシングルチャート1位を獲得した。

 ソロ活動に移行後は、基本的に詞は作家、作曲は杉山自身というチームでの作業。歌詞が描く風景、豊かな情感を与えるメロディーには一聴して彼のものとわかるスタイルが確立され、適度なウェットさを持ちながらも心地良く高域まで伸びていく歌声でもって、それは上質でアダルトなポップソングとして紡がれていく。

 その後も、杉山オメガ解散以来となった林哲司アレンジの“風のLONELY WAY”(作詞: 田口俊)がオリコン1位を獲得、林が作曲した“僕の腕の中で”(作詞:秋元康)、芳野藤丸アレンジの“渚のすべて”(作詞:康珍化)というTOP3ヒットも立て続けに放ち、ソロ・アーティストとしての地位をしっかりと固めていった杉山だが、元号が昭和から平成へと変わる頃から風向きが少し変わってくる。バブル時代を背景にオメガトライブ期から歌われてきた非日常的な風景描写を孕んだ歌詞、言うなればイマジナティヴな音楽が流行歌のド真ん中ではなくなってくる。80年代後半のバンド・ブームも遠因となったのかもしれないし、ティーンエイジャーに夢を与えてきたアイドルが冬の時代を迎えていたのも、それを象徴するひとつの事例だろう。

 そんななかで杉山はレコード会社を移籍。最初に放ったシングル“いつも君を想ってる”(90年)では、〈ジープの幌が喚き散らしても構わないさ〉で歌いはじめる、大雑把な言い方をしてしまえば男臭さや土臭さのような、それまでの杉山の世界観にはあまり見受けられなかった歌詞が展開される。ルックスも、髪を伸ばしてちょっとワイルドに。時代に翻弄されつつも、同曲を収めたアルバム『SPRINKLE』(90年)は、現地の凄腕ミュージシャンを迎えてLAでレコーディングという意欲的な作品で、見事1位に輝いている。

 

トレンドに左右されない居場所

 杉山は以前、とあるインタヴューで〈KANの“愛は勝つ”を聴いたとき、時代の変化を感じた〉といったようなことを語っている。“愛は勝つ”は、90年9月にリリースされ、91年の年間チャートで3位となった大ヒット曲。確かに90年代に入ると、歌詞の世界においてイマジナティヴな音楽よりも心象風景、心の内面に重きを置いたヒット曲が多くなっていた。新進のシンガー・ソングライターが次々と台頭していったのも、そういった背景があってのことだろう。杉山もそう感じた頃が、これまでのキャリアのなかでもっとも踏ん張り時だったのではないだろうか。

 そんな時期と前後して、杉山はハワイに居を構え、日本とハワイを往き来する生活をはじめる。この頃、趣味でボディボードをはじめ、その〈息抜き〉が結果的に音楽制作にも大きく影響した。楽曲作りで思い悩んでいたものが吹っ切れ、自身の原点である〈海〉を歌っていけばよいのだと。オメガトライブ期から〈海〉〈夏〉をテーマにさまざまな情景を歌ってきた杉山だが、そもそも横浜生まれの横浜育ち。海は身近なもので、潮風の香りも、夏が終わって人影がまばらになっていく砂浜も、ハーバーライトも、身近な距離のなかで育ってきた。等身大で、シンガーとして誰でもが体現できるものでもない世界観、そこに改めてアーティスト・杉山清貴の居場所を見つけたのである。

 92年の企画盤『island afternoon』(2010年、2014年にフル・アルバムで続編がリリース)はそういった気分が顕著に表れた作品で、ハワイアンAORの代表であるカラパナのメンバーを迎えてハワイでレコーディング。レゲエ・ビートに乗った“HAWAIIAN ISLAND STYLE”を冒頭に、思いっきりオーシャンムードを全開にし、これが好評を得た。以降も“夏服 最後の日”(92年)、“Livin’ in a Paradise”(93年)、“僕のシャツを着てなさい”(94年)、“永遠の夏に抱かれて”(95年)……トレンドに左右されない豊潤なバンド・サウンドと、夏や海を背景にした爽快なメロディー、歌声で、唯一無二の世界観を揺るがぬものとしていった。以前のようなシングル・ヒットこそ生まれなかったものの、その一貫したスタイルで杉山はコンスタントにキャリアを積み重ねていく。ライヴ・パフォーマンスに目を向けてみても、88年から始まった野外ライヴ〈High & High〉が96年から日比谷野音で定例化(現在も継続中)。アコースティック・セット、ライヴハウス・ツアー、はたまたハワイのハイアット・リージェンシーでカウントダウン・ライヴを(2001年から3年連続で)開催するなど、そのスタイルもより自由に広がりを見せていった。

 2002年には、久々に林哲司と組んだシングル“Wishing Your Love”を発表。あの頃、林のサウンドでヴォーカリストとして覚醒していった杉山と、オメガトライブのプロジェクトによって作家としての名とスキルを高めていった林とのコラボは、その後、2009年の“Glory Love”(こちらは杉山と林の共作曲)を経て2011年に『KIYOTAKA SUGIYAMA MEETS TETSUJI HAYASHI REUNITED』として結実。原点回帰ムードということでもなく、時を経て改めて、2人のマッチングの良さを感じさせてくれる作品だった。

 2000年代半ば以降、AORやシティ・ポップのみならず80年代的なサウンドに改めてスポットが当たり、なかばスタンダード化していく流れも起きたなかで、杉山の軌跡が掘り起こされる機会も増えた。そういったムードに呼ばれてか、2004年2月には杉山清貴&オメガトライブを再結成して東名阪ツアーを行い、2018年5月には杉山の恒例野外イヴェント〈High & High〉を杉山清貴&オメガトライブ名義で開催。近年はほぼ年イチペースでソロ・アルバムを発表し、現時点での最新作『Rainbow Planet』(2020年)では29年ぶりにアルバム・チャートのTOP10入りを果たした。過去も現在も飛び越えて、昔も今も変わらぬ燦めきをその歌、歌声から放ち続ける杉山はまだまだ、ネヴァー・エンディングな夏の物語を綴り続けていく。


最新ライヴBD『SUGIYAMA KIYOTAKA Band Tour 2021 Solo Debut 35th Anniversary』(キング)

 

杉山清貴 『beyond... -35th Anniversary Edition- 』 バップ(1986)

大津あきら作詞のソロ・デビュー・シングル“さよならのオーシャン”がCMソングとしても広まって大ヒットとなり、86年7月にリリースされたファースト・アルバム。オメガ時代から関わる志熊研三や松下誠、笹路正徳のアレンジが音世界の連続性を描く部分はあるものの、セルフ・プロデュースによって太くなった表現の芯はジャケに映る空と海の青さを翳りのあるダンディズムやビターな人間味へ結びつけている。大半のナンバーを杉山が作曲しているのも大きな変化。今回の35周年エディションではシングルB面曲やヴァージョン違いなどもあれこれ網羅されている。

 

杉山清貴 『kona weather -35th Anniversary Edition-』 バップ(1987)

87年12月リリースのサード・アルバム。No.1に輝いたシャープな先行シングル“SHADE~夏の翳り~”を筆頭に初めて全曲が杉山自身の作曲となり、作詞にはこの後の主力となっていく田口俊も参陣。アレンジャーに芳野藤丸や鈴木茂も迎えてややロック色を増したレイドバック感覚も覗かせ、地に足の着いたリラクシンなAOR感覚が穏やかで心地良い。今回の35周年盤では、林哲司をアレンジャーに迎えた翌年のヒット・シングル“風のLONELY WAY”や、“SHADE~夏の翳り~”のリミックス、“水の中のAnswer”の未発表ヴァージョンなども堪能できる。

 

杉山清貴 『35(+3) SUMMERS Sugiyama, Kiyotaka Single Collection』 バップ(2022)

その足跡をシングルで辿った、Blu-spec CD2の5枚組によるシングル・コレクション。フィジカルで出たシングル30枚からB面/カップリング曲を含む64曲をコンプリートし、以降の配信シングル/リード・トラックなどの8曲を加えた全72曲が最新リマスタリングで収まっている。徐々に変遷していく自然体のサウンド・ヒストリーやツボを押さえた普遍のメロディーメイクを味わいつつ、聴き進めるごとに円熟をも艶に取り込んでいく伸びやかな歌声に圧倒される。“ALONE AGAIN”や“風のLONELY WAY”などのセルフ・リメイクも聴きもの。

 

アニヴァーサリーをより楽しむためのサブテキスト

杉山清貴 『Rainbow Planet』 キング(2020)

現時点での最新オリジナル作となる3年ぶりのソロ・アルバム。宮野弦士や福田直木、澤田かおりら新世代との手合わせも交えながら安定の歌世界を気負いなく披露している。キャリアの始まりを振り返る“Omotesando’83”など年輪を重ねたからこその瑞々しさも光る。

 

杉山清貴&オメガトライブ 『RIVER’S ISLAND REMIX』 バップ(2022)

来たる2023年へ向けて林哲司の総監修で進んでいる〈杉山清貴&オメガトライブ 40周年プロジェクト〉の第2弾作品。“君のハートはマリンブルー”などで知られる84年のセカンド・アルバムを丸ごとリミックスし、新旧リスナーへと届けるべく時代感をチューニングした一枚だ。

 

1986オメガトライブ, カルロス・トシキ&オメガトライブ 『The Reverb 2022 OMEGA TRIBE』 バップ(2022)

こちらは杉山とは直接関係ないものの、1986オメガトライブ~カルロス・トシキ&オメガトライブ期の楽曲を集大成したリミックス・ベストがちょうどリリース。アレンジャーの新川博が総監修し、“君は1000%”や“アクアマリンのままでいて”などにさらなる洗練を施している。