林哲司のデビュー50周年を記念して開催された〈ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート〉。そのタイトルどおり、林の生み出した楽曲が紡がれていく同公演は、まさに〈シティポップ史〉そのものを体現していた。演目と出演者を眺めているだけでも溜息が出てしまう。
そんな奇跡の一夜の模様を、ライブ写真と桑原シローの熱いテキストでここに記しておく。1年後、10年後、もしかしたら半世紀先のリスナーがこの日を振り返った時、そこにはまた新しいシティポップ史が広がっているかもしれない。 *Mikiki編集部
Little Black Dress、エミ・マイヤー、国分友里恵らが歌うシティポップの名曲
林哲司がアルバム『BRUGES』(73年)でデビューしてから今年で50年。それを祝う豪華な宴〈ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート〉が11月5日、東京国際フォーラム ホールAにて行われた。
コンセプト自体が異なるものの、45周年を記念したライブ〈SONG FILE SPECIAL〉と比べるとはるかに大規模かつ濃密になった感のある本イベント。この数年で彼を取り巻く状況がさまざまに変化したことも、ゆかりあるアーティストが一堂に会するライブのボリューム感に影響しているのは間違いないだろう。日本を代表するメロディーメイカーというだけでなく、今や〈Mr. City Pop〉という肩書までもが加わった氏のキャリアを掘り下げるにあたっては、当然ながら選曲にも従来と異なる価値観が反映されることになるはず。よってその目的もまた〈回顧〉より〈再検証〉の意味合いが強まったはずで……なんてことを考えつつ臨んだものの、目の前に現れる音楽の美しさと尊さにひたすら酔いしれるだけの時間を過ごすことになった、という結果を前もって言っておこう。
序盤を任されたのは、本人による新録版の登場によって今また注目を集めている中森明菜“北ウイング”のカバー、そして昨年リリースされた“逆転のレジーナ”(林が作曲を担当)を披露したLittle Black Dress、林プロデュースのアルバム『Le Premier Pas』(2020年)でデビューしたシャンソンシンガー、松城ゆきのによる“戀”、中村由真の“Dang Dang 気になる”や河合奈保子の“デビュー ~Fly Me To Love”という珠玉の80sアイドルソングで臨んだ武藤彩未といった若手たち。極上のグルーヴを紡ぐバックの面々に煽られるようにして熱のこもったパフォーマンスを繰り広げていたのが印象的だった。
実はこのプレミアムな夜を牽引する主役でもあったのが、SAMURAI BANDと名付けられた豪華すぎる演奏陣だ。ラインナップは、ギターの今剛と増崎孝司、キーボードの富樫春生と安部潤、ベースの髙水健司、ドラムの江口信夫、パーカッションの斉藤ノヴ、トランペットのルイス・バジェ、サックスのアンディ・ウルフ、そしてコーラスを受け持つ高尾直樹、大滝裕子、稲泉りんといった面々で、これまで林のレコーディング仕事を支えてきた同志も多い。アイドルソングやニューミュージック系といったジャンルを問わず、どんな楽曲でも魔法の粉を振りかけて、まばゆいばかりのシティポップサウンドに仕立てあげてしまう彼らのオケのみでも十分にライブは成立しちゃうのでは?などと不届きなことを考えてしまうほど、強力なバックアップを行ってみせた。
エミ・マイヤーがジグソーの“If I Have To Go Away”をジャジーにきめ、コーラス隊の大滝裕子が浅野ゆう子の“半分愛して”、稲泉りんがイルカの“もう海には帰れない”を披露するなど、ドキッとさせるようなレア曲がふんだんに登場していたものの、タイムレスな輝きを放つ林が生み出したメロディーと彼女たちの美声との融合ぶりに見とれているだけで時間が瞬く間に過ぎていったような感じだ。
そして伊東ゆかりが81年リリースのシングル曲“強がり”をエレガントに歌いあげたあたりから、ショウとしての魅惑度が一段階アップしたような気がする。シティポップ再評価の波によってこれまで以上に眩しいスポットライトを浴びることとなった国分友里恵の“恋の横顔”と“Just A Joke”の2曲も、ソフィスティケートされた空間を見事に演出してみせた。