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千住真理子(ヴァイオリン)還暦記念盤『ポエジー』――過去の名曲を未来に繋ぐ

 ヴァイオリニストの千住真理子が〈60歳記念アルバム〉として、ショーソンの“詩曲(ポエム)”、ベートーヴェンの2つの“ロマンス”、実兄・千住明の“夜明けの詩”などを山洞智のピアノとともに奏でた新譜『ポエジー』をリリースした。ストラディヴァリの名器〈デュランティ〉を深々と鳴らし、1曲1曲に強い思いをこめて弾く。いきなり私事で恐縮だが大学生のころ、友人2人と連名でファンレターを出したら、すごく丁寧な文面のお返事が届いた。当時の折り目正しさそのまま、長くヴァイオリンに打ち込んできた人の真摯な音楽と向き合う1点だ。

千住真理子 『ポエジー』 ユニバーサル(2022)

 

――女性で〈還暦(60歳)〉をうたう企画は珍しいですね。

「年齢を堂々と出すのはどうか?という声もありましたが、クラシック音楽には年季が必要です。昔の60歳と今の60歳は全く違いますし、私にも〈今からだな〉との思いがあります。クラシック音楽の過去の名曲を何回弾いても〈また弾きたい〉と思って、1回ずつ、演奏してきました。コロナ禍の最初の段階で6か月間、弾く機会を失ってみて初めて、ステージに立ち、音楽を奏でることの幸せ、凄さに気付いたのです。今日聴いて下さった方が明日はもう、いらっしゃらないと知るのも切ないです。1日1日の大切さが身にしみる中で〈あと何回、弾けるのかしら?〉の思いも募り、1枚のアルバムに実を結びました」

――選曲は真正面からの王道路線。

「最初はこの2倍くらいリストアップ。気持ちの上でのテーマを〈ポエム〉に定め、7曲に絞りました。ショーソンの作品にはドラマティックな部分、悲しさ、繊細さ、強さの全てがあり、今まで私を引っ張ってきました。これを軸に、何を組み合わせれば聴く人の心を解放できる作品になるのかを考え、次に来たのがベートーヴェンの“ロマンス”です。演奏会で求められるのは圧倒的に第2番ですが、個人的には第1番が好きです。千住明は“夜明けの詩”で楽器が豊かに鳴るメロディを書いてくれて、デュランティの倍音が自然に舞い上がっていきます」

――ジャケット写真、黄色のドレス姿は今までになかった雰囲気です。

「還暦を機に、大人っぽいイメージに脱皮したつもりです(笑)。黄色は大好きです。最初はウクライナを思い、青も入れようと考えましたが、あざとい気がして、スッキリまとめました。ディスク以外に特別な記念企画はない代わり、湿度に応じて楽器の向きも細かく変えるような生の演奏会の空気感、緊張を大切にしつつ、美しく個性的な作品の数々にリサイタルのたび新しい命を吹き込み、次の世代にもつなげていきたいです」

――振り返れば、お父様(鎮雄氏)は慶應義塾大学の名誉教授、お母様(文子氏)はエッセイスト・教育評論家と恵まれた環境を授かったにもかかわらず、長兄の博さん(画家)、次兄の明さん(作曲家)、真理子さん自身もかなり厳しく闘い、今の地位を築かれた気がします。

「千住家は皆、泥の中を這いつくばって自分の道を進み、気がつけば3人とも60代に突入しました。そろそろ一緒に何かやりたいのですが、3人とも個性が強すぎて、なかなか難しいのです。でも人間は切ない。死んでしまったら何もなくなるので、1日でもでも長く演奏活動を積み重ねたいと思います。どんなに疲れていても週2〜3回、プールに1回行けば1kmは泳ぐのも、ヴァイオリンを弾き続けるためです」

――私は日比谷公会堂で、クルト・ヴェス指揮東京フィルハーモニー交響楽団とゴールトマルクを共演した真理子さんの協奏曲デビューを聴いています。今までで、最も印象に残るマエストロは誰ですか?

「山本直純さんです。〈舞台は別世界だ〉とおっしゃり、ステージマナーからラロやサラサーテの技巧的な作品での見栄の切り方に至るまで、私の人生に大きな影響を与えてくださいました」

――直純さん生誕90年の節目に、いいお話が聞けて良かったです。