リスナーを別世界へと連れて行くために――ラグジュアリーな月面滞在を終えてふたたび地球に降り立った4人組が鳴らす、奇妙でスリリングなポップ音楽

聴き込む喜びをもたらす作品

 音楽を通して別世界を作り上げ、連れて行く――アークティック・モンキーズが意識してその覚悟をしたのは、果たしてどの作品を作っているときだったのだろう。少なくとも、10代のストーリーテラーとして鮮やかに完成させたデビュー作の頃、アレックス・ターナー(ヴォーカル/ギター)の創作のスタート地点は異なっていた。あの『Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not』(2005年)が内包したのは、シェフィールドの少年たちのリアル。当時のデビュー作の最速売り上げ記録を更新したその作品に始まり、アークティック・モンキーズがリリースしてきた6枚のアルバムはすべて全英1位を獲得している。

 デビューから17年、同じことを繰り返さず、それでいて一度も転落せず歩み続ける彼らは、この最新作『The Car』でも当然のように、まったく気負いなくみずからの道を行っている。つまり、流行を後ろから追いかけることをせず、今回も音楽を通して自分たちならではの別世界を作り上げるのに成功しているというわけだ。

ARCTIC MONKEYS 『The Car』 Domino/BEAT(2022)

 聴く側を〈新たな場所〉へ連れて行こうとするかのような、この気概。それは、SNSで音楽のヒットが生まれることも多いため、人気の出る曲の作り方が分析され尽くしている時代そのものに、最初から〈No〉を叩きつけている。その様子も、とても痛快だ。

 2018年の前作『Tranquility Base Hotel & Casino』同様、この『The Car』でもわかりやすいサビやループしやすいフレーズには、まったくこだわっていない。むしろ、ここまでついてこれるかと言わんばかりに、聴き込む喜びをこちら側に届ける作品に仕上がっている。全体的にゆったりとしたテンポで、サイケデリックな出音がまるで膜のように曲の芯を包んでいる。曲の多くで丁寧なストリングスや鍵盤の音が登場し、それでいてギターやベース、ドラムの音ももちろん聴こえる。不思議なことに、70年代スペース・サイケ風な前作よりも透明感があり、でもフォーキーな方向に向かいすぎるのではなく、あくまでサイケデリック。ただ、この言葉が的確なのかどうかはわからないが、肩の力が抜けている。空気をたっぷり含んだ音だ。

 まだ本作に関する情報は出揃っていないが、海外の数少ないインタヴュー記事などから見つけた事実から記載していこう。この『The Car』はもともと2020年の夏にレコーディングが予定されていた。しかしその年の春先からCOVID-19の大波に世界中が覆われ、レコーディングも中止に。その年の12月、彼らは初のライヴ・アルバム『Live At The Royal Albert Hall』(2018年のロイヤル・アルバート・ホール公演を収録)をリリースしている。この作品のすべての収益が非営利組織〈War Child〉に寄付されており、これはバンドやスタッフの収益のためのリリースではなく、むしろ当時の彼らの創造そのものに関わりのあるリリースだったと私は今も考えている。

 バンドが実際に本作のレコーディングに入ったのは今年6月のこと。6~7月の2か月間を、彼らは英東部サフォーク州にある古い館、バトリー・プライオリーで録音しながら過ごした。普段は結婚式場やレストランとしても使われるその館に、ピアノを含む楽器やアナログ録音の機材を持ち込んでレコーディング。館の丸天井などを特に気に入っていたようだ。アレックスは古いビデオカメラを持ち込み、あれこれ録音の様子を記録。その映像を編集したものが、本作からのファースト・シングル“There’d Better Be A Mirrorball”のミュージック・ビデオとして公開された。

 アレックスが現在は英ロンドンと仏パリで暮らしていることも関係しているのか、他に使用したのはロンドンのRAKスタジオとパリのラ・フレット・スタジオ。前者は言わずと知れた70年代からの有名スタジオ、後者のラ・フレットは前作『Tranquility Base Hotel & Casino』でもレコーディングに使用している。彼らがまったくアメリカで録音していない作品をいつ最後に作ったか調べたところ、2007年の2作目『Favourite Worst Nightmare』ぶり。15年ぶりだ。

 本作のプロデュースはシミアン・モバイル・ディスコのジェイムズ・フォード。デビュー作以外のすべての作品に関わっている彼は(しかも、アレックスの別バンドであるラスト・シャドウ・パペッツの2枚のアルバムも、共に彼のプロデュースで全英1位に)、もはやアークティック・モンキーズの5人目のメンバーと言っても良いだろう。