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 演出の笈田ヨシ氏に、ラング作品についてうかがう。

 「今回の作品は、ドラマティックなものではありませんね。筋を追う必要はない。もう亡くなっているひとが語るんですが、満足しているんです。静けさ、安堵感、満足感――そんな告白を聴きながら、じゃあ、きょうはどうなんだ、というのを劇場で感じていただければいいんじゃないか」

 「今度の作品でおもったのは、文楽の、義太夫節のさわりです。ひとりごとを言うわけですよね。ひとりごとにメロディがあり、人形のうごきがついている。今度のも義太夫節のさわりみたい。1時間ひとりですから、大変ですよね」

 すこし補足すると、全体はほぼ1時間で、ラングじしんはプレリュードと2つのインタールードを含め、10曲の連作歌曲のように構成している。ひとりでうたっているから、声が、喉が疲労する。器楽アンサンブルの部分を設け、すこし心身の休息をとる。それはまた、語りての内省の時間、黙っている、沈黙の時間でもある。

 「人間を表現して、お客さんと人間とはどういうものであるかと分かちあう。英語ではパフォーマンス・アーツ、フランス語でスペクタクル、日本語では見世物、ですか。おみせするものは、音楽をつうじ、ことばをつうじ、人間表現というか、そういうものです。たとえば能は、ミニマリズムで、メロドラマで、人間の大きさを表現します。わたしは小さいほうが好きですね」

 「この企画ですが、はじめピーター・ブルックが小さいカルメン(『カルメンの悲劇』)をやったみたいに、小さなマダム・バタフライがやりたいと言っていたんです。マダム・バタフライの2幕だけラングさんが書き換えるというはなしにもなった。でも、通常のマダム・バタフライを演出する機会があり、うまくできちゃったから、小さなのをやる必要はないな、ということに(笑)。日本の作品をというソサエティからのオファーで、結果的に、ラングさんが芥川作品を選び、じぶんでリブレットを書いて、作曲したんです」

 「デヴィッド・ラングの音楽、落ちついて、安心して、聴けるんです。メロディがある。キッチュな音がでてこない。ぼくとしては稽古しながらでも、音楽かけながらやるのはいいだろうなとおもっています」

 笈田さんがはなされるなかには、人間や人間性ということばがよくでてくるが、このことばをつかわれるおもいや背景は。

 「見世物の商売をしている。みる、というのをやっている。きれいな絵や景色をみていいなあ、カッコいいクルマをみていいなあ。そうおもう。でもいちばんみていて飽きないのは人間なんです、ぼくにとっては。住んでいるパリで、カフェにいますでしょ。通りをみていると、悲しい顔や緊張した様子のひとたちが通りすぎてゆく。結局、じぶんが生きているのはじぶんのなかの問題です。人間が根本にあります。政治問題のうしろにも、いま日本でも宗教の問題がクローズアップされていますが、演劇で政治問題を、宗教問題を表現する、というのはあるけれど、どうして人を殺すんだろう、問題がおこるんだろう――その根本に人間があるんです。舞台でもヴィデオをながしてという作品があります。ぼくは一所懸命やっている、うたっているのをみるのがたのしい。アニメ映画はみていられないんです。途中で映画館からでてきてしまう。へたな演技でも頑張っているとか超越してるとかわかります。精神性、スピリチュアリティをつくったのは人間です。先の政治や宗教についても、どういうふうに人間が助けを必要とし、どこがおカネをとっちゃうかも、人間のなかにあるいろんなものが原動力です。〈業〉といったり〈性〉といったりしますね。不思議な存在で、美しい存在だとおもっているんだけれども。さいごは、人間がどうやって役として生きているか、です」

 ある時期から、舞台芸術にかぎらず思想・哲学といった方面でも、身体やカラダという言いかたはされるが、人間ということばが避けられているかにみえるが。

 「西洋では頭脳が発達しすぎて、思考が頭脳に集約されています。日本人はカラダで理解して、アタマで理解しない。西洋は逆、となっている。こちらでは腹と腹の探りあい、なんて言いますよね。人間存在というのは、カラダから探ること、頭脳から探ること、両方からいかないと偏ってしまう。舞台でも、カラダでうたうので、カラダと思考、見えない人間のスピリットですか、そうしたものを舞台で探ることにじぶんでは興味があるか、とおもいますね。『note to a friend』も、興奮するとか、そういうものではないんです。カラダはシャワーを浴びたらいい気持ちになります。こころのシャワー、シャワーを浴びていただき、さっぱりする。そうなっていただければいいのかな」

 


笈田ヨシ(おいだ・よし)
1933年生まれ、兵庫県神戸市出身。仏・パリ在住。旧芸名は笈田勝弘。文学座、劇団四季を経て、68年に英・ロンドンで演劇界の巨匠、ピーター・ブルックに出会って刺激を受け、ブルック演出の実験劇「テンペスト」に出演。70年にブルック設立の国際演劇研究センター(CIRT)に参加。以降、欧米や日本で俳優や演出家として世界を舞台に活動を展開。2013年春にはフランス芸術文化勲章の最高位、コマンドゥールをフランス政府より受賞。

 


寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)

早稲田大学文学学術院教授。音楽文化論、 音楽・文芸批評。3月に「ふりかえる日、日」(青土社)、「武満徹、世界の・札幌の」(港千尋らとの共著、インスクリプト)上梓。近況…あいかわらず家庭の事情で、ライヴ/コンサート、ダンス/演劇、映画、とはほぼ無縁。じぶんがちょっとしゃべるときだけ例外。このまま忘れられてしまうだろうな、と危惧なんだか安堵なんだかをおぼえつつ。

 


LIVE INFORMATION
舞台芸術創造事業 ジャパン・ソサエティー(ニューヨーク)との国際共同委嘱による新作オペラ
『note to a friend』(原語(英語)上演 ・日本語字幕付)

2023年2月4日(土)東京・上野 東京文化会館 小ホール
開演:15:00
2023年2月5日(日)東京・上野 東京文化会館
開演:15:00開演
原作:芥川龍之介「或旧友へ送る手記」「点鬼簿」
作曲・台本:デヴィッド・ラング
演出:笈田ヨシ
出演:セオ・ブレックマン(ヴォーカル)/サイラス・モシュレフィ(アクター(黙役))/成田達輝/関朋岳(ヴァイオリン)/田原綾子(ヴィオラ)/上村文乃(チェロ)
美術・衣裳・照明:トム・シェンク
https://www.t-bunka.jp/stage/16395/