プレッシャーをプレジャーに変えたモメンタム
山下達郎バンドでアルト・サックスを吹いているのが、宮里陽太だ。彼のNY録音のデビュー作『プレジャー』は山下本人がエグセクティヴ・プロデューサーに立つとともに、熱いライナーノーツも担当している。
「自分の好きなミュージシャンを指名させてもらったんですが、レコーディングは本当に楽しかったです」
ジャズ好きの父親の影響で小学生のころからジャズに親しみ、東京の音大のジャズ科を卒業。その後、彼は2011年上半期までは故郷の宮崎で活動していた。 距離もなんのその、彼の噂を聞きつけた山下達郎はわざわざ宮崎のジャズ・クラブにまで足を運んだ。
「びっくりしました。オーラがある人が来ているなとは思いましたが、最後まで誰だか分らなかったですね。翌日マネージャーさんから、一度セッションしに東京にいらっしゃいませんかと電話がありました。それで、緊張してスタジオに行ったらツアーリハーサルの日で、そんな中、1時間ぐらい一緒に演奏したんです。自分としては実力の半分も出せなかったと思いましたが、すぐにツアー参加のお話をいただきました」
ジェフ・テイン・ワッツをはじめとするNYの名奏者たちと録った『プレジャー』は、ワン・ホーンによるカルテット録音(うち、2曲はピアノとのデュオ)であり、完全アコースティック設定による。それは、まさにジャズ・アルバム。同作を聴いた多くの人は、宮里がジャズ一直線でやってきた人と思うのではないか。ところが、「ルーツはジャズですが、ジャズ・プレイヤーと紹介されるのは好きじゃない。サックス・プレイヤーがいいですね」と彼は言う。
「ファンク曲も書いているし、30歳で自分ではまだ若いと思っているので、実はそういうのを作りたいと思っていました。けれど、エグゼクティヴ・プロデューサーが、どうせ作るのだったら1枚目はジャズだ、アコースティックなのをやれ、と言われてしまって……(笑)」
達者なピアノ・トリオ音を相手に、とても音色が芳醇な、一音一音を大切にしたアルト音がよどみなく乗る。なるほど、彼のサックス奏者としての魅力、音楽家としての高潔さが、無理なく像を結ぶ。曲は自作を取り上げるとともに、《ソウル・アイズ》などジャズ有名曲も演奏している。
「(ジョン・)コルトレーンの演奏の“ソウル・アイズ”は初めて親父のレコードを聴いたときの曲で、ジャズという表現を知って衝撃を受けた曲。だから、入れたかったです。『プレジャー』はジャズ・ファンだけではなく、いろんな人に聴いてほしい。機会があれば、普段AKB48を聴いている人にも、ジャズ・アルバムと認識したうえで、聴いてほしいです」