ポスト・ビートルズ世代の傑作を、高解像度の最新名演で!
「完全に無視されたね、評論家とか現代音楽の作曲家から。こんなでかい曲書いたのに批評は何もないのかよっていうぐらい(笑)。せいぜい〈ストラヴィンスキーみたいだね〉としか言われない。けど、実際はプログレ(ッシヴ・ロック)、シュトックハウゼン、シベリウス、能登の御陣乗太鼓なんかまで、めちゃくちゃ色んな音楽が入っているのに……」
吉松隆の代表作にして、日本生まれの傑作交響曲に位置づけられるであろう“カムイチカプ交響曲”も、1990年の初演当時はこのような反響であったという。吉松といえば、現代音楽に抗ってきた作曲家というイメージが強いのだが、実は現代音楽を嫌った保守層にも与しなかったため、前衛/保守の双方から支持されることがなかったのだろう。
「やっぱり60年代までってビートルズでさえシュトックハウゼンとかに惹かれたぐらい、現代音楽が面白かったんだよ(笑)。シュトックハウゼンがやっていた電子音楽の手法を、ビートルズはポップアルバムとして全世界で最終的に何億枚も売れるようなものに変化させちゃったわけですよね。実験的なものをあっという間に商品化してしまった。それを見聞きしていたので現代音楽を全部否定しちゃうのも、もったいない気がしていて……。だから伝統的な調性音楽に固執する作曲家も仲間だと思えなかった。僕としては現代音楽の技法を全部取り入れるけども、ただ一点、(音の重ね方を)無調とか十二音技法じゃなくて、(キース・ジャレットやシベリウスのような)モード〔旋法〕にしたいというだけなんです」
その上、当時は大衆迎合も良しとしなかったので、聴衆と音楽を分かち合おうとしていた保守層とも映画音楽の作曲家とも相容れなかったのだ。
「お金もらって人に喜んでもらうっていう感覚が作曲の姿勢としておかしいと思っていた意固地な時期があって。だから交響曲みたいに誰にも評価されないような、金を貰わないようなものが正しいと思っていたんですよ。ドラマや映画の音楽もやっちゃったら、みんな一緒になっちゃうと思っていましたね」
こうして段階を踏んで考えてみると、そもそも当時は近しい文脈がなかったのだから評価されようがなかったのかもしれない。ところが1995年に指揮者の藤岡幸夫と出会い、その翌年から英国の音楽レーベルで管弦楽曲が連続的に録音されることとなったことで、“カムイチカプ”も1990年6月の東京初演以来となる、2度目の録音が2000年になされた。
これら2種の録音を通じて名曲として知られるようになり、若い世代――例えばジャズ作曲家の挾間美帆は“カムイチカプ”の第2楽章が「死ぬほど好き」と語っている――に影響を与えていったのだ。しかし作曲者自身にとっては、まともに評価されない〈鬼っ子〉のままだった。そんななか2021年から今度は指揮者の原田慶太楼が、日本各地のオーケストラで吉松の交響曲ツィクルスを開始。本盤もその一貫で録音されたものだ。
「原田君には初対面でいきなり〈交響曲全部やりますから〉って言われました(笑)。僕からは、作曲家が楽譜に書いたことを忠実に演奏するのはやめてくれって言ったんです。〈えー!?〉って言われたんだけど、作曲家が書いた楽譜なんて信じちゃいけないよって。あくまでも子ども生んだときのひとつの視点にすぎないですから」
その結果生まれた演奏は、映画に喩えるならまるで最新のデジタル・リストアを施したかのようにどこまでも明晰で、どれだけ音楽が激しくなろうとも細部があいまいにならない。スコアが精緻に書き込まれていることを聴覚上でも納得させてくれることで、作品自体の評価も大きく変えてしまい得るような名演に仕上がった。
「作品のなかに説得力のある何かがないと多分、次の世代は演奏してくれなくなるわけだけど、でもそれが何かは作曲者自身にも分かんないんです。いま、若い人が聴くと僕が考えたのとは全然違ったところを面白いっていうことになるのかもしれないね」
吉松隆(Takashi Yoshimatsu)
1953年東京生まれ。作曲家。慶應義塾大学工学部を中退後、一時松村禎三に師事したほかはロックやジャズのグループに参加しながら独学で作曲を学ぶ。1981年に“朱鷺によせる哀歌”でデビュー。作品は、交響曲6曲や協奏曲10曲を始めとするオーケストラ作品を中心に、“鳥のシリーズ”などの室内楽作品、“プレイアデス舞曲集”などのピアノ作品のほか、ギター作品、邦楽作品、舞台作品など多数。評論・エッセイなどの執筆活動のほか、FM音楽番組の解説者やイラストレイターとしても活動し、著書に「吉松隆の調性で読み解くクラシック」(ヤマハ)、自伝「作曲は鳥のごとく」(春秋社)などがある。
LIVE INFORMATION
吉松隆の〈英雄〉
2023年3月11日(土)東京・池袋 東京芸術劇場 コンサートホール
開場/開演:13:00/14:00
出演:原田慶太楼(指揮)/東京交響楽団
■曲目
吉松隆:鳥は静かに… op.72
吉松隆:鳥たちのシンフォニア “若き鳥たちに” op.107
キース・エマーソン&グレッグ・レイク(吉松隆編曲):タルカス
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吉松隆:交響曲第3番 op.75
https://www.japanarts.co.jp/concert/p990/