吉松隆の難曲“ケンタウルス・ユニット”に宮田大が挑んだライヴ録音がついにリリース
理論やスタイルにがんじがらめになった〈ゲンダイオンガク〉ではなく、作曲家の心の底から浮かび上がって来る音楽的なアイディアをゆっくり紡ぎ、それを現代という時空間の中に解き放つ。それが作曲家・吉松隆(1953~)の世界だ。どんな編成の作品であれ、どんな楽器であれ、彼の作品に触れるたびにその想いを強く感じる。おそらく吉松作品を演奏している現代のアーティストたちが彼の世界に魅かれるのもそのせいだろう。今回は無類の難曲として知られるチェロ協奏曲“ケンタウルス・ユニット”を気鋭の宮田大のチェロ、吉松作品を数多く手がけている原田慶太楼の指揮、そして東京交響楽団が演奏したライヴ(2022年9月)がリリースされる。加えて宮田の盟友ジュリアン・ジェルネ(ピアノ)との共演による“4つの小さな夢の歌”“ベルベット・ワルツ”も加わり、吉松の作曲家としての本質に迫るアルバムが完成した。
そもそも吉松の様々な協奏曲はある特定のアーティストのために書かれている。この“ケンタウルス・ユニット”は吉松の交響曲第2番“地球(テラ)にて”の録音のために訪れたイギリス、マンチェスター、そこを本拠地にするBBCフィルハーモニックの首席チェロ奏者ピーター・ディクソンのために書かれた。“地球(テラ)にて”の冒頭にチェロのソロが登場するのだが、それを演奏したのがディクソンだった。実は筆者もその録音の見学に行っており、指揮の藤岡幸夫のみならず、ディクソンをはじめBBCフィルのメンバーたちの熱演と、吉松作品への国境を超えた共感に感動したことを覚えている。そこからチェロ協奏曲の構想が始まり、5年ほどの歳月を経て作品は完成。2003年10月に藤岡指揮、関西フィルハーモニー管弦楽団、ジャクソンのチェロで初演が行われた。
しかし、チェロ奏者にとってかなりの技巧を必要とする作品ゆえになかなか再演の機会に恵まれず、ようやく2022年に東京シティ・フィル、及び東京交響楽団によって再演の機会がやって来た。宮田&原田&東京交響楽団の演奏会も筆者は聴きに行ったが、吉松作品を継続的に取り上げている原田の着実な指揮、そして宮田の鮮やかなテクニックによる演奏、さらにその音楽への深い眼差しと表現力の豊かさにあらためて驚くこととなった。
音楽的に“ケンタウルス・ユニット”は交響曲“地球(テラ)にて”の発想を受け継ぎながら、さらにその音楽世界をより高度な神話的イメージにまで高めたと言えるだろう。湾岸戦争の勃発という世界情勢を受けて、吉松の中にきざした中東や西アジアの音楽への関心は交響曲からこの協奏曲にも受け継がれ、特に第2楽章冒頭の響きのなかに反映されている。それにつながる部分には、希望や絶望など、あらゆる人間の感情がチェロとオーケストラによって奏でられて行くと感じる。今もまた繰り返される戦いの時代に、この音楽はまさに黙示録的に響くのではないだろうか。お聞きいただければわかるが、宮田のソリスティックな音楽作りの素晴らしさだけでなく、全曲にわたりソリスト、指揮者、オーケストラが一体となった音楽作りの魅力に溢れており、演奏会の時の感動が蘇って来る。
同時にアルバムに収録されたのは“4つの小さな夢の歌”(1997年)と“ベルベット・ワルツ”である。この2つの作品は吉松が宮田のために自身で編曲を行った版による演奏を収録した。“4つの小さな夢の歌”は様々な機会に書かれた4つの〈春、夏、秋、冬〉に関連する作品を編んだ小品集で、他の編成でも演奏されているが、ここでは当然チェロ&ピアノ版で、新潟県柏崎市での録音。自然の動き、その変化に敏感な吉松の感覚を教えてくれる愛らしい小品集である。“ベルベット・ワルツ”のほうは2023年リリースの宮田のアルバム『VOCE—フェイヴァリット・メロディー』にも収録された1曲で、これも様々な編成で演奏されている作品のひとつ。宮田のチェロの歌心が伸びやかに展開されている。
宮田大(Dai Miyata)
2009年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールにおいて、日本人として初めて優勝。これまでに参加した全てのコンクールで優勝を果たしている。その圧倒的な演奏は、作曲家や共演者からの支持が厚く、世界的指揮者・小澤征爾にも絶賛され、日本を代表するチェリストとして国際的な活動を繰り広げている。使用楽器は、上野製薬株式会社より貸与された1698年製A. ストラディヴァリウス〈Cholmondeley〉である。
LIVE INFORMATION
日本センチュリー交響楽団「第280回定期演奏会」
2024年3月15日(金)大阪・ザ・シンフォニーホール
開場/開演:18:00/19:00
上妻宏光(三味線)&宮田大(チェロ)Duo Concert Tour -月食-
2024年5月24日(金)東京・紀尾井ホール
開場/開演:18:00/18:30