日本のドイツ歌曲の世界に新しい選択肢を与える画期的な楽譜集

長島剛子, 梅本実 『新ウィーン楽派によるドイツ歌曲集 シェーンベルク/ベルク/ヴェーベルン』 音楽之友社(2023)

 ドイツ・リートといえば、多くの人の頭に思い浮かぶのは、シューベルト、シューマンなどだろう。より新しいものとしては、R.シュトラウスもよく演奏される。しかし、シュトラウスと同時代を生きた、新ウィーン楽派の3人の作曲家、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンにも、かなりの歌曲作品があることは、あまり知られていない。シェーンベルクの“4つの歌曲”作品2や、ベルクの“7つの初期の歌”など、そこそこ演奏頻度の上がってきている歌曲もあるが、それらは、彼らの膨大な作品群の氷山の一角にしか過ぎない。新ウィーン楽派の歌曲は、歌手にとっても聴衆にとっても、まだまだ未知の領域なのだ。

 この度、そんな彼らの歌曲を集めた楽譜が音楽之友社から出版された。これは、ちょっとした事件だ。国内の出版社から楽譜が出版されることによって、「難しい音楽」と認識されることの多い、新ウィーン楽派の歌曲作品へのアクセスが容易となるからだ。薄くて高額な海外の楽譜を一つ一つ集めることなく、まとまった曲数の楽譜(手に取ってみると、ずしりと重い)が比較的安価に入手できることも、多くの歌手、愛好家に歓迎されるだろう。監修は、長年この分野の音楽を紹介し続けている、長島剛子、梅本実の二人。収録作品の選定にも、彼らならではの拘りが感じられる。比較的耳に馴染みやすい前述の作品はもちろん、一般的な認知度は低いものの、彼らの独自性が発揮された作品も収録することで、後期ロマン派的な作風から、無調、十二音技法へと大きく変貌していく様子を、この一冊の楽譜から概観することができる。

 特に注目すべき収録作品は、シェーンベルクが初めて無調で作曲した、歌曲集“架空庭園の書”。彼の代表作であるだけでなく、音楽史的にも重要なこの作品が国内版の楽譜として出版される意義は大きい。各曲の対訳や、簡潔ながらも的確な解説がついていることも嬉しい。今回の出版は、新ウィーン楽派の音楽を再評価する、新たな扉となるだろう。