©ANOHNI with Nomi Ruiz c. Rebis Music 2023

電子音との戯れを経て、彼女は己のルーツ――ソウル・ミュージックに向き合う。
13年ぶりのジョンソンズ名義での新作に込めた変化への祈り、未来への希望

変化を起こすための闘い

 アノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズとしてのニュー・アルバム『My Back Was A Bridge For You To Cross』のジャケットが、トランスジェンダー活動家のマーシャ・P・ジョンソンの写真をあしらったものであると知ったとき、この人の汚れなき意志がブレずにまっすぐリスナーに向けられていることに改めて感銘を受けた。NYのゲイ・バーで69年6月28日早朝に起こった〈ストーンウォールの反乱〉。警察による不当な踏み込みを受け、LGBTQ当事者たちが迫害に立ち向かったこの歴史的に重要な事件の現場に、ドラァグ・クイーンとして活動していたマーシャも居合わせた。いや、居合わせたどころか、いくつもの文献、証言によると、彼女は最前線で〈闘った〉とされている。その後、92年に謎の死を遂げる(チンピラによる殺害と言われている)まで、彼女は一連の抗議活動を主導するリーダー/重要人物の一人として、多くの同志、仲間たちから信頼されていた。死後はその勇気ある活動への評価がさらに高まっている。

ANOHNI AND THE JOHNSONS 『My Back Was A Bridge For You To Cross』 Rough Trade/BEAT(2023)

 すでに気付いている方も多いことだろう、アノーニがアントニー&ザ・ジョンソンズとしてデビューしてきたときのユニット名はマーシャ・P・ジョンソンからとられている。アノーニがNYへと移住してきたのは90年のこと。マーシャが亡くなった92年にはジョハンナ・コンスタンティンらと共に前衛アート集団とも言えるブラックリップスを結成している。この春、そのブラックリップス時代のレアな音源も含むコンピレーション・アルバムがリリースされたのも、あるいは、こうしてふたたびジョンソンズ名義でニュー・アルバムを発表することを視野に入れていたからなのかもしれない。今回のアノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズ名義での新作は、その『Blacklips Bar: Androgyns And Deviants - Industrial Romance For Bruised And Battered Angels 1992-1995』と合わせて聴くと、アノーニの活動がマーシャ・P・ジョンソンの遺志を受け継いでいるものであること、そしてそれが現在、未来へと続く彼女の果てなき闘い……真の自由への希求の旅の新たなフェイズに入っていることにあらためて気付かされるはずだ。なお、新作からの先行曲“It Must Change”のミュージック・ビデオには、イギリスはサセックス出身のモデルでトランスジェンダー活動家でもあるマンロー・バーグドルフが出演している。

 2016年の『Hopelessness』以来となる新作『My Back Was A Bridge For You To Cross』は、アノーニ自身だけではなく、過去・現在・未来のトランスジェンダーたちの強靭でしなやかな想いが受け継がれていることを明確に提示した歴史的に見ても重要な作品だ。〈私の背中はあなたが渡る橋だった〉という意味のタイトルは、まるでマーシャが身体を張ってみずから未来への架け橋となってきたことを伝えているかのようであり、アノーニ自身もまたこうしてアンダーグラウンド/オーヴァーグラウンド関係なくポップ・ミュージックの現場でその意味を問うていることの矜持でもあるように思える。〈変わらなければならない〉と何度も繰り返される“It Must Change”は、闘いがまったく終わっていないこと、そしてアノーニがずっと主張し続けているもう一つの現在の人類史上重要なサブジェクト=自然破壊への警鐘、環境問題への危機感を募らせていることをも伝えている。

ソウルへの愛

 加えて、この新作にはもう一つ重要な〈顔〉がある。それは、彼女が真摯なソウル・ミュージック・ラヴァーであるという事実だ。今作の制作にあたって、彼女はマーヴィン・ゲイの『What's Going On』を繰り返し聴いていたのだという。筆者はアノーニにこれまで二度ほど会ったことがあるが、彼女はソウルやR&Bの忠実なリスナーであることを誇りにしていると再三話してくれた。ルー・リードのバック・コーラスに抜擢されたときも、もともとドゥワップのグループを組んでいて、サム・クックやオーティス・レディングに心酔していたルーとソウルやブルースの話で意気投合したという。

 その点で今作のプロデューサーにジミー・ホガースが起用されているのは納得がいく。なぜなら74年生まれ、コットランド出身のホガースはエイミー・ワインハウス、ダフィー、コリーヌ・ベイリー・レイといったソウル・サウンドを志向する女性アーティストの作品も数多く手掛けてきており、彼も熱心なソウル・ミュージック・ラヴァー。なかでもダフィーのアルバム『Rockferry』はもっと高く評価されてもいいほど素晴らしい仕事で、いみじくもアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ名義での2作目『I Am A Bird Now』と同じ2005年にリリースされているのが興味深い。アノーニのソロ名義だった前作『Hopelessness』はハドソン・モホークやOPNと組み、エレクトロ~クラブ・ミュージックに舵を切った一枚だったが、今作はアノーニの歌にフォーカスされていて、まさにその『I Am A Bird Now』を思わせる艶のあるヴォーカル・ミュージック・アルバムになっている。

 ホガース自身、ギターとピアノを弾きつつデモ制作からタッグを組んだそうで、その後、レオ・アブラハムズ、クリス・ヴァタラロ、サム・ディクソン、そしてこちらも8月にはソロ名義でのEPのリリースを控えるロブ・ムースを含むスタジオ・バンドを結成して録音したのだという。穏やかかつスリルある生演奏と、アノーニの泣き笑いしているかのような豊かな表情に包まれたヴォーカルとのマッチングは言うまでもなく素晴らしい。ただ滑らかで聴きやすいだけではない、社会への提言、主張をはらんだ意志表明となりうる本作は、LGBTQ当事者だけではない多様な目線、アングルが含まれていて、人の数だけ生き方とアイデンティティーがあることを教えてくれる。

 プレス・リリースでアノーニはこう綴っている。〈『Hopelessness』から学んだことは、自分の音楽は、人々が未来を夢見ることや、意思決定をするときに、彼らの背中を後押しするサウンドトラックになりうるということ〉。未来は自分たちの手で変えていくことができるの――かつて筆者に力強く話してくれたアノーニの言葉を今、繰り返し聴きながら反芻している。

ジミー・ホガースが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、The 1975の2022年作『Being Funny In A Foreign Language』(Dirty Hit)、KTタンストールの2022年作『Nut』(EMI)、ローチフォードの2020年作『Twice In A Lifetime』(BMG)

ジョンソンズに立ち戻るまでのアノー二の足取り

 活動当初からアノーニは客演の多い音楽家だったが、『Hopelesness』以降もその傾向は変わらない。同作で共同プロデューサーを務めたOPNの2018年作『Age Of』における複数曲への参加を筆頭に、ナカーネの“New Brighton”(2019年)、カレント93人脈でもあるマイケル・キャッシュモアの“The Night Has Rushed In”(2011年)などにフィーチャーされている。プロデューサーとしては、ロビンやハニー・ディジョンらが参加したネナ・チェリーのリワーク集『Versions』(2022年)に“Woman”を提供。同年のハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェア『In Amber』には全面参加していた。

 本人名義では、ボブ・ディランのカヴァー“It's All Over Now, Baby Blue”、 米
共和党へのプロテスト・ソング“RNC 2020”を2020年に発表。加えて、92年にアノーニが創設したパフォーマンス・グループ、ブラックリップス関連の楽曲を集めたコンピレーションも注目すべき作品だ。オブスキュア・ディスコからガレージ・パンク、オペラ調の楽曲まで実験性と猥雑さに溢れた収録曲の数々は、アノーニの芸術性がどう育まれていったか――その出自をありありと伝えている。 *田中亮太

左から、アノーニの2020年のシングル“It's All Over Now, Baby Blue”(Secretly Canadian)、マイケル・キャッシュモアの2021年作『The Night Has Rushed In』(House of Mythology)、ネナ・チェリーの2022年のリワーク集『The Versions』(EMI)、ハーキュリーズ・アンド・ラヴ・アフェアの2022年作『In Amber』(Skint)、2023年のコンピ『Blacklips Bar: Androgyns And Deviants - Industrial Romance For Bruised And Battered Angels 1992-1995』(Anthology)

変わりながら、ありのままで――アノーニが歌と共に歩んできた23年

ANTONY AND THE JOHNSONS 『Antony And The Johnsons』 Durtro(2000)

ブッダのごときジャケがインパクトを放つファースト・アルバム。役者でもあった人気ドラァグ・クイーンに捧げた“Divine”、自分の中に独裁者の感覚を見つけたときの複雑な思いを綴った“Hitler In My Heart”など佳曲揃いの一枚だ。 *岡村

 

ANTONY AND THE JOHNSONS 『I Am A Bird Now』 Secretly Canadian(2005)

ルー・リード、ルーファス・ウェインライト、デヴェンドラ・バンハートらも参加。不穏さと恍惚感が同居するジレンマを、柔らかな歌声と室内楽的演奏で昇華させた2作目にして大傑作。ジャケは病床に伏す故キャンディ・ダーリング。 *岡村

 

ANTONY AND THE JOHNSONS 『The Crying Light』 Secretly Canadian(2009)

ジャケの大野一雄にアントニー自身が憑依したかのように聴こえる3作目。ロブ・ムースやトーマス・バートレットらが参加した演奏も雄大だが、表現の対象自体が宇宙や自然へと拡大。彼女が一人の人間として現世を嘆く様子が描かれている。 *岡村

 

ANTONY AND THE JOHNSONS 『Swanlights』 Secretly Canadian(2010)

前作と同時期に録音された4作目。ニコ・ミューリーの編曲でロンドン交響楽団が優美な演奏を添える“Ghost”、フリー・ジャズ界隈のグレッグ・コーエンによるベースが力強い“I'm In Love”など多彩ゆえに、風通しが良い。ビョーク参加の“Fletta”も収録。 *田中

 

ANOHNI 『Hopelessness』 Secretly Canadian(2016)

名前を変えての初作はOPNとハドソン・モホークを迎え、電子音楽に接近。ハドモー印のトラックに乗せ、気候変動への危機感を歌う“4 Degrees”、国家による暴力への怒りをポップなエレクトロに込めた“Execution”などポリティカルなダンス・レコードだ。 *田中

 

ANOHNI 『Paradise』 Secretly Canadian(2017)

『Hopelessness』と同じ座組で制作されたEP。神や宗教への憎しみを綴った言葉が多く、サウンドも前作より重たい。ディストピアSF映画のサントラになりそうな“Ricochet”を経て、最終曲の終盤に挿し込まれる〈より良い世界〉へ向けた語りが胸を打つ。 *田中