ブラジル音楽の秘宝シリーズ――妖しい輝きを放つ逸品たちの魅力
〈いまだにCDが売れている日本〉でさえ16タイトルものブラジルのディープな作品が一挙にリリースされるのは快挙としか言いようがない! しかも16作品のうち14作品が日本で初めてCDでリリースされることと、税込で1タイトル1,400円という破格のプライスにも驚きだ! 先に結論を言ってしまうと、この機会に是非ともこれらの作品を手に入れていただきたい! サンバやボサノヴァだけではなくて、ブラジルにもこういうソウルやファンク、メローなサウンドの音楽が存在しており、大勢のブラジル人たちに愛されてきたということもこの機会に知ってほしい。
ラインナップは1964年のマリオ・テレスのボサノヴァ作品から1983年のカルロス・ダフェのファンキーな作品まで揃っているが、70年代の作品がかなり多いのも特徴だ。70年代は世界のポピュラー音楽にとって大変重要な時代で、60年代後半に欧米で開花したポップ・カルチャーが大きく成長し、それが録音技術の進歩とあいまって〈レコード〉が〈アート〉として成熟していった時期だった。当然その波は南米にも及び、特にブラジルでは70年代に〈ブラジルの奇跡〉と言われるほどの経済発展も後押しする形で音楽業界も拡大していった。その裏では当時の軍事政権による厳しい締め付けもあったのだが、この時代に新しく生まれたポピュラー音楽は政治のことには目もくれずに、日々の生活の中に様々な喜びを見出して、ポジティブに人生を謳歌するものが多い。
どのタイトルも聴きどころ満載だが、筆者が解説を担当した3タイトルがとても面白いので紹介したい。まずはプログレ的な音楽を50年前に制作していた『カルマ』(1972)。ギター2人とベースの弦楽器の3人組で、曲によりドラムや他の楽器も加わるが、カトリックが支配的なブラジルならではの教会音楽の要素も聴こえてきて、ファルセットのコーラスを多用した独自の世界を構築している。聴いているとクセになる不思議なアルバムだ。この作品のみで解散してしまったので貴重な記録でもある。
そして『カダ・ウン・ナ・スア』(1971)。何度かCD化されてきた人気の作品で、1曲目から多幸感に満ち溢れている大きなポイント。厚みのあるマッシブなサウンドはリマスタリングされてディテールまで磨かれている。70年代始めのブラジルのスタジオ・ワークが素晴らしいサウンドを輩出していたことの証左といえるだろう。
伴奏陣にあの名ベーシスト=ルイザォン・マイアや今も活躍するドラムのパウロ・ブラーガ、それにキーボードのオズマール・ミリートなど、若手だったがすでに豊かな才能を発揮していたミュージシャンたちが多数参加しており、アルバム全体を通して素晴らしいサウンドを提供している。また管楽器や弦楽器がうまく取り入れられているところもポイントが高い。
3タイトル目は日本初CD化されたノヴォス・バイアーノス『ファロル・ダ・バーハ』(1978)。ノヴォス・バイアーノスはこれが結成10年目にして8作目。このアルバムを出してからは個人活動を優先していったので、これが当時の彼らの実質的なラスト・アルバムともいえる。既にオリジナル・メンバーのモラエス・モレイラは脱退しているが、補って余りある各メンバーの成長により、彼らの最高傑作といえる充実した作品が出来上がった。1曲目に収録されたタイトル曲はカエターノの作曲で哀愁溢れる名曲だ。バイーアのランドマークとなっている灯台の辺りのトロピカルな雰囲気を醸し出していることは、そこを訪れたことのある人にはたまらない魅力ではないだろうか。そしていつもの畳み掛けるようなリズム隊の応酬と天才ギタリスト、ペペウ・ゴメスの疾走感溢れる演奏、さらに当時はぺぺウの妻だったベイビーの縦横無尽な歌唱に圧倒されること間違いなし!
最後に皆さんがどれを選ぶか迷った時にお勧めしたい作品を2作品だけ挙げておこう。日本ではほとんど無名の『エリオ・マテウス』(1975)が個人的には驚きのアルバム。当時の第一線ミュージシャンたちを100人以上参加させたゴージャスなサウンドで、誰が聴いても楽しめるメローなサンバ・ファンクが展開されている。そして現在も継続して活躍するバンダ・ブラック・リオ『サッシ・ペレレ』(1980)。彼らはブラジルのEW&Fと呼ばれるが、リズムがキリッとしていて今聴いてもカッコいいサウンドだ。