©Riccardo Musacchio

 2024年の年明け、日本のクラシック界に激震が走る! スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、テリー・ライリーらと並ぶミニマル・ミュージックの巨匠にして、唯一来日公演を実現させていなかったアメリカ屈指の大物作曲家ジョン・アダムズが東京都交響楽団(都響)を指揮し、待望の日本デビューを飾ることになった。これまでにピューリッツァー賞とエラスムス賞を受賞し、グラミー賞を5回受賞し(ノミネートは14回)、2016/2017年のシーズンにはベルリン・フィルのコンポーザー・イン・レジデンスを務め、2023年にはアメリカ議会図書館が作曲資料の永久保存を決定するなど、まばゆいまでの経歴に輝く作曲家ジョン・アダムズとは、いったい何者なのか?

 ハーバード大学在学中に「フィガロの結婚」学生公演を指揮し(演出はのちにハリウッド俳優になった同級生のジョン・リスゴー)、ボストン響臨時クラリネット奏者としてラインスドルフの棒の下で演奏した経験も持つアダムズは、弦楽七重奏または弦楽合奏のための“シェイカー・ループス”(1978/83)でミニマル作曲家として頭角を現した。さざめく波が揺れ動きながら(=シェイク)繰り返しを続ける(=ループ)ことで官能的な音楽を生み出していくこの曲は、現在ではミニマル・ミュージックの代名詞のひとつとみなされていると言っても過言ではない。

 アダムズの名を世界的にしらしめたのは、1972年のニクソン大統領と毛沢東主席の歴史的会談を描いたオペラ第1作「中国のニクソン」(1987)だ。題材の斬新さに初演当時は〈CNNオペラ〉や〈ドキュオペラ〉などと評されたが、ニクソンの北京到着シーンや革命バレエ〈紅色娘子軍〉の観劇シーンなど、数々の見せ場で観る者を虜にし、いまや20世紀アメリカ・オペラの古典のひとつとなった。

 そして2005年、アダムズは〈原爆の父〉ロバート・オッペンハイマー博士が人類史上初の原爆実験(トリニティ実験)に挑む過程をオペラ化した「ドクター・アトミック」を発表し、世界中で大きな議論を巻き起こす。2024年日本公開予定のクリストファー・ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」と異なり、原爆実験直前の1ヶ月に物語の焦点を絞ったこの作品は、トリニティ実験の名前の由来となったジョン・ダンの詩(ノーランの映画版にも登場する)を歌詞に用いたアリアや、「ゴジラ」をはじめとする怪獣映画にインスパイアされた凶暴なコーラスによって観客に大きな衝撃を与え、21世紀に作曲されたオペラとしては異例の上演回数を重ねている。

 そんなアダムズが今回披露する〈オール・アダムズ・プログラム〉は、彼の代表作、人気作、最近作を網羅しており、初めて彼の音楽に接するニューカマーも熱心なファンも等しく楽しめる内容と言えるだろう。

 まず、2025年に初演40周年を迎える“ハルモニーレーレ(和声学)”(1984-85)は、アダムズの最高傑作のひとつと高く評価されている〈交響曲〉。著書「和声学」をマーラーに捧げたシェーンベルクが十二音技法に向かっていったのとは逆に、アダムズはこの曲をシェーンベルクに捧げつつも調性システムの完全な肯定に向かっていくのが面白い。第1楽章のホ短調のミニマルな打撃音で聴く者を驚かせつつ、最後の第3楽章では変ホ長調――ベートーヴェンが好んだ英雄的な調――で勝利の凱歌をマキシマル(最大限)に奏でるという、交響曲の醍醐味をアダムズ流に表現した名曲だ。

 ちなみに“ハルモニーレーレ”の第3楽章は、ティルダ・スウィントンが製作・主演し、全編の音楽をアダムズの作品だけで構成した映画「ミラノ、愛に生きる」(2009)のクライマックスシーンで絶大な効果を発揮していた。アダムズはサントラを手がけない作曲家としても知られているが(フランシス・コッポラから依頼を受けたことはあるという)、この映画ではスウィントンがアダムズを直接説得し、使用許可を得たという逸話が残っている。

 ベートーヴェンといえば、弦楽四重奏と管弦楽のために書かれた“アブソリュート・ジェスト”(2012)が演奏されるのも嬉しい。“大フーガ”をはじめとするベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲や交響曲のスケルツォ楽章をリミックスないしはマッシュアップの手法で再構築し、しかもソリストに弦楽四重奏団を起用してオーケストラと共演させるという、前代未聞の手法で成功を収めた〈協奏曲〉だ。有名な“第九”のスケルツォ楽章を思わせるリズムにマーラー風のカウベルが重なるユニークな冒頭からして、曲名通りの〈諧謔(=スケルツォ)そのもの〉が堪能できる作品である。

 さらに今回のプログラムでは、管弦楽曲の最近作“アイ・スティル・ダンス(私はまだ踊り続けている)”(2019)が日本初演されるのも大きなニュースのひとつだ。マイケル・ティルソン・トーマスのサンフランシスコ響音楽監督在任25年記念曲として書かれ、かつてストコフスキーが編曲したバッハのトッカータのように〈踊り続ける〉この作品では、オーケストラから豊かな響きを引き出すアダムズの名人芸が存分に楽しめる。

 20年以上に及ぶ日本公演へのラブコールに応え、ついに東京で都響の指揮台に立つジョン・アダムズ。その歴史的瞬間を目撃するチャンスは、1月18日(サントリーホール)と1月19日(東京文化会館)の2回のみ。2024年最初にして最大のビッグイベントがいよいよ近づいてきた。

 


LIVE INFORMATION

東京都交響楽団
第992回 定期演奏会Bシリーズ

2024年1月18日(木) 東京・赤坂 サントリーホール
開場/開演:18:00/19:00
公演ページ:https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3680

第993回 定期演奏会Aシリーズ
2024年1月19日(金)東京・上野 東京文化会館
開場/開演:18:00/19:00
公演ページ:https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3681

■出演
指揮:ジョン・アダムズ
弦楽四重奏:エスメ弦楽四重奏団*

■曲目
ジョン・アダムズ:アイ・スティル・ダンス(2019)[日本初演]    
ジョン・アダムズ:アブソリュート・ジェスト(2011)*    
ジョン・アダムズ:ハルモニーレーレ(1984-85)

特設サイト:https://www.tmso.or.jp/j/archives/special_contents/2023/202401adams/