©Tsutomu Yagishita

「自分の中で音楽を消化する時間を多くつくるようにします」
――広上淳一指揮東京都交響楽団と奏でるチャイコフスキー“ピアノ協奏曲第1番”

 2021年の英国リーズ国際ピアノコンクールで内田光子以来46年ぶりの日本人最高位(第2位)を得た小林海都が2023年5月1日、東京文化会館の〈響の森〉Vol.52で広上淳一指揮東京都交響楽団とチャイコフスキーの“ピアノ協奏曲第1番”を共演する。小林は東京音楽コンクールでも2013年(第11回)の第2位に選ばれ、過去の入賞者を折に触れ起用する東京文化会館の方針に沿っての登場でもある。取材時点で27歳と若々しい小林の話を聞いた。


 

――チャイコフスキーの協奏曲は良く弾かれているのですか?

「最近になって〈弾いてほしい〉というオファーが増えているのは事実ですが、今回は自分で希望しました。過去に海外のコンクールで何度か弾き、日本でも弾きたくなったのです。実際に勉強を深めると、有名な主題に耳を惹かれがちなところ、ちゃんとした関係性を考えて作曲されていることが楽譜の中に見てとれます。改めて向き合えばこそわかる部分ですが、今回は、他のピアニストの演奏を聴いた時とは異なる側面から(曲を)お届けできればいいなあと思います」

――現在の拠点は海外ですね。

「スイスのバーゼル音楽院のソリスト科に在学中です。3年間の学士課程、パフォーマンス科の修士(2年)を終えて、現在ソリスト科の修士の2年目になります。師事しているスペイン人、ドイツ人のハーフのクラウディオ・マルティネス・メーナー先生はピリオド楽器にも詳しく、イル・ジャルディーノ・アルモニコなどのバロック・オーケストラと接する機会にも恵まれた環境です」

――留学に至るまでの軌跡を教えてください。

「もともと音楽をやること自体が楽しくて、グランドピアノを買ってくれるなど、両親の理解もありました。中学入学と同時にヤマハのマスタークラスに参加、ヴェラ・ゴルノスターエヴァ先生や湯口美和先生と出会い、クラシック音楽の深淵を教えていただいたことですっかり、深い世界の魅力に惹かれていったのです。できるだけ早くヨーロッパに留学したいと思いながら、なかなか誰に師事すれば良いのか決められないでいた高校2年生の時、マリア・ジョアン・ピリス先生が来日して行ったヤマハのワークショップで一気に話が進み、ベルギーのエリザベート王妃音楽院への留学が決まりました。ピリス先生がスイスへ引っ越す時、〈一緒に来ませんか〉と誘われ、バーゼルへ。そこでのメーナー先生との出会いに至るまで、何か不思議な力に導かれてきた気がします」

――協奏曲はソロのリサイタルと違い、様々なバランスの産物です。

「面白い体験があります。東京音楽コンクールのご縁で2017年、東京文化会館小ホールで行われた夏目漱石原作(『夢十夜』)、長田原(おさだ・もと)作曲のオペラ『Four Nights of Dream』日本初演で、謙=デーヴィッド・マズアさんが指揮するオーケストラの中のピアノを弾きました。この体験を通じ、オーケストラがどう指揮者を見て、ソリストに合わせようとするのかを感覚的につかむことができたのです。ソリストとして協奏曲を弾く際の役にも立ち、大幅にずれることはなくなりました。とりあえず指揮者になるつもりはありませんが、指揮を見るのは好きです。YouTubeでチューリヒ・トーンハレ管弦楽団首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィが行う指揮アカデミーを見ても、学生との振り方の違いなどに興味を覚えます。もう少し古楽にも造詣を深め、ゆくゆくはモーツァルトの協奏曲の弾き振りとか、やってみたいですね」

――今後、どのような展開を目指しますか。

「自分の中では、けっこう〈消化していく時間〉を多くつくる必要を痛感しています。今までは先生から新しい情報を得てきましたが、今後はそれをどう自分の形にしていくかが課題です。コンクールについても〈もう受けない〉と決めたわけではなく、自分にとって意味のある先を慎重に選んでいこうと考えています。日本の音楽事務所(AMATI)と契約して以降、演奏機会も徐々に増えていますが、集客力はまだまだです。今後も日本とヨーロッパを往復しながら、より多くの人々に知っていただき、演奏を聴いていただける存在になれるよう努めていきます」

 


小林海都(Kaito Kobayashi)
2021年リーズ国際ピアノコンクールで、1975年以来となる日本人歴代最高位の第2位及びヤルタ・メニューイン賞(最優秀室内楽演奏賞)を受賞し一躍脚光を浴びる。その他ドイツのエトリンゲン国際青少年ピアノコンクールのカテゴリーB(20歳以下の部)にて歴代最年少優勝及びハイドン賞、ポルトガルのサンタ・チェチーリア国際ピアノコンクールにて第3位、東京音楽コンクール第2位、松方ホール音楽賞などの受賞歴を持つ。NHK交響楽団、ベルギー国立管弦楽団、バーゼル交響楽団、ロイヤル・リヴァプール・フィルなど国内外のオーケストラと共演。マリア・ジョアン・ピリスのプロジェクトの一員としてデュオコンサートや収録に携わった他、オーギュスタン・デュメイとも共演を重ねる。これまでにピアノをマリア・ジョアン・ピリス、湯口美和、故ヴェラ・ゴルノスタエヴァ、横山幸雄、田部京子の各氏に師事。エリザベート王妃音楽院での2年間の在籍を経て、現在バーゼル音楽院にてクラウディオ・マルティネス・メーナー氏に師事。2014年・2015年ロームミュージックファンデーション奨学生。江副記念リクルート財団第45・48回生。

 


LIVE INFORMATION
東京文化会館《響の森》Vol.52
ベートーヴェン&チャイコフスキー

2023年5月1日(月)東京・上野 東京文化会館 大ホール
開演:19:00
出演:小林海都(ピアノ)/広上淳一(指揮)/東京都交響楽団

■曲目
ベートーヴェン:『エグモント』序曲 Op.84
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op.23
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」
https://www.t-bunka.jp/stage/17366/