オースティン・ペラルタという名の恒星は瞬き続ける
ミゲル・アトウッド・ファーガソンが完成させた昨年の超大作『Les Jardins Mystiques Vol. 1』を聴いていて、膨大な演奏家たちが入り乱れるなかにオースティン・ペラルタの名前を見つけたという人も多いだろう。長きにわたって録音されていたという同作だけに背景は不明ながら、そのように2012年に急逝したこのピアニストを思い出す機会はこれまでも時折あったように思う。そんなタイミングで、ブレインフィーダーに残された彼のアルバム『Endless Planets』(2011年)がデラックス・エディションとして新装リイシューされることになった。いわゆる10周年的な区切りでもないわけで、主宰のフライング・ロータスがなぜいまリイシューを決めたのかはわからないが、この演奏家の絶大な影響力や重要性を考えれば、そのタイミングは常に訪れていたのかもしれない。
彼がもともと世界に知られる前に〈美少年ピアニスト〉として日本でデビューしていた逸話も、いまとなっては多くの人の知ることだろう。著名なスケートボーダーのステイシー・ペラルタを父に持つオースティン・ペラルタは、90年にLAで生まれている。5歳からピアノを弾いていた彼は、友人に貰ったビル・エヴァンスのCDをきっかけにクラシックからジャズに興味を持つようになったそうだ。12歳でLAのジャズ協会から新人賞を授与された彼は、14歳の時にロン・カーターをベースに迎えてファースト・アルバム『Maiden Voyage』を録音。同作は日本のEighty-Eight’sというジャズ・レーベルから2006年にリリースされ、秋の〈東京JAZZ〉出演を経て同年末には早くも2作目『Mantra』を発表。後者にはサンダーキャットの兄でもあるロナルド・ブルーナーJr(ドラムス)やマーカス・ストリックランド(サックス)のような後の大物を迎えてもいるが、もちろん当時はそんな角度から着目していた人もいなかっただろう。ジャズ・リスナーは別として、こうした諸々の情報を後追いで知ったのは、やはり彼とフライング・ロータスがリンクして以降のことだった。
現在のブレインフィーダー好きからすれば想像し難いかもしれないが、もともとプラグ・リサーチにいたフライング・ロータス周辺の支持層は、〈Low End Theory〉や西海岸アンダーグラウンド・ヒップホップの流れを汲むビート・ミュージックの範疇で彼を捉えていたはずだ。だからして、ローンやマシューデヴィッドらが紹介される流れで『Endless Planets』が届いた時より、その存在を強く意識するようになったのは残念ながら彼が2012年11月に逝去して以降だったと思う。もっとも、ブレインフィーダーがジャズの文脈でも認識され、また音楽シーンにおけるジャズの位置付けが更新されたのもその後だったわけだが。
そんななか、改めて現在の観点から聴いてみても、ピアノ・トリオにサックスを加えた編成でストレートなジャズを聴かせる『Endless Planet』は圧倒的にジャズそのものである。ただ、以前よりもそこに何かを感じることができたのだとすれば、それは本作のエッセンシャルな魅力を継承した音楽が広まった結果、こちらの耳にもその何かが伝わるようになったということだ。そして、当時デモを聴いてすぐに契約を決めたというフライング・ロータスには当然そうなることがわかっていたのだろう。
本編の演奏にはニーボディのベン・ウェンデル(サックス)ら若手の演奏陣にストレンジループ(エレクトロニクス)が加わり、シネマティック・オーケストラ(エレクトロニクス)とハイディ・ヴォーゲル(ヴォーカル)も終曲の“Epilogue: Renaissance Bubbles”に参加。スリリングなプレイや緻密な空間構築が功を奏し、どこかスペイシーで奥行きのあるスピリチュアルな音像が心地良い。
なお、今回のデラックス・エディションにはBBCのメイダ・ヴェール・スタジオで収録された未発表セッション音源がボーナス収録。本編とは演奏の陣も雰囲気も異なっていて、現地のリチャード・スペイヴン(ドラムス)やジェイソン・ヤード(サックス)といった面々が演奏しているのもポイントだ。シネマティックのジェイソン・スウィンスコーとハイディ・ヴォーゲルはこちらにも参加。本編も含めて、いまならこの音響空間の奥深い美しさをより多くのリスナーが共有できることだろう。
左から、2018年のレーベル・コンピ『Brainfeeder X』(Brainfeeder)、ペラルタが演奏に参加したグレイ・レヴァレンドの2013年作『A Hero’s Lie』(Motion Audio)、『Endless Planets』に参加したベン・ウェンデルの2023年作『All One』(Edition)