LA音楽シーンの発展に貢献してきたキーパーソンがブレインフィーダーから発表する初のアルバム……50人以上のミュージシャンが招かれた3枚組52曲をどう聴く?
「これは現在進行形で私が学んでいるもの、私が好きなもの、そして私という人間の全領域を分かち合うための方法でした。というのも、〈ファースト・アルバム〉は1枚しかないからです」。
近年の先鋭的なジャズなどを好む音楽ファンには説明不要に違いないし、00年代半ばからカルロス・ニーニョやLAビーツの勃興を追ってきたような人なら、その感慨はさらに深くなるかもしれない。長年LAシーンの発展に貢献してきた作曲家/編曲家/オーケストレーターのミゲル・アトウッド・ファーガソンが、初めての本人単独名義によるファースト・アルバム『Les Jardins Mystiques Vol. 1』を完成。リリース元となるのは何かと縁深いブレインフィーダーで、フライング・ロータスは10年以上も前からミゲルにアルバム制作を提案し続けていたそうだ。
数多くのアーティストたちと組んで600枚以上のアルバムやサントラに関わり、世界中のコンサートで舞台を踏んできたミゲルの音楽的な守備範囲は、下地にあるクラシックやジャズから、ヒップホップやR&B、エレクトロニカ、アヴァンギャルド、ポップスにまで及ぶ。80年生まれの彼は、ミュージシャンの父と、音楽や芸術に造詣の深い教師の母を持ち、4歳でスズキ・メソッドによるヴァイオリンのレッスンを始めていたというから筋金入りだ。とはいえ、両親がクラシックもジャズもカントリーもソウルも分け隔てなく多種多様な音楽に親しんでいたこともあって、ミゲルの音楽的な興味や視野も最初から制限をかけられることはなかった。
「父は1万枚くらいのCDを持っていました。それらが私の人生のサウンドトラックだったのです。私は両親の多様な興味と、どの文化にも無限の美しさと関連性があり、教えるべきこと、世界から学ぶべきことは無限にあるという、核となる信念にインスパイアされたのです」。
そのようにして育った彼は90年代半ばからLAのパフォーマンス・アート・スペース、ワールド・ステージのジャム・セッションに参加しはじめている。もっとも、その名を最初に広めたプロジェクトとして、J・ディラの曲を60人編成のオーケストラ作品へと再構築した『Suite For Ma Dukes』(2009年)を挙げる人は多いだろう。もちろん、近年の『Chicago Waves』(2020年)にまで至るLAシーンの顔役カルロス・ニーニョとの手合わせは、ミゲルが現在の作風へ進むのを後押しした。今回の新作『Les Jardins Mystiques Vol. 1』もそれらを通じて培われた人脈と経験によって編み上げられている。
今回の〈Vol. 1〉は、十数年かけて録音されてきたトータル10時間半に及ぶ予定だという3部作の第1弾。カマシ・ワシントンやサンダーキャット、ディアントーニ・パークス、マーカス・ギルモア、ドミとJDベック、オースティン・ペラルタ(!)らを筆頭に羅列すらできない50名以上の器楽奏者が参加し、30秒ほどの小品から14分の大曲まで多様な形式を備えた全52曲を通じてミゲルのエレガントな音楽世界が共有される。3時間半、3CD/4LPのヴォリュームだけでも超大作と言ってしまいたくなるが、そこにある種の堅苦しさや難解さはない。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、キーボードなどを操るミゲルが創造する和やかな音空間と集まったプレイヤーたちの自由な演奏が穏やかで神秘的な聴き心地を約束してくれる。
ジャズ、クラシカル、アンビエント、ニューエイジなどさまざまに形容ができる作品ながら、そうした形容も野暮とすら思えるほど、彼の言う「無限の美しさ」が多様な姿でそこに存在する圧巻の音楽体験。穏やかな気持ちでゆったりと向き合いたい。
左から、カルロス・ニーニョ&ミゲル・アトウッド・ファーガソンの2020年作『Chicago Waves』(International Anthem)、カルロス・ニーニョ&フレンズの2016年作『Flutes, Echoes, It’s All Happening!』(Leaving)、ミゲル・アトウッド・ファーガソンの参加音源集『Miguel Atwood-Ferguson's Contribution Works』(rings)
ミゲルが参加した近作。
左から、ボノボの2022年作『Fragments』(Ninja Tune)、ファイストの2023年作『Multitudes』(Polydor)、フライング・ロータスの2021年作『Yasuke』(Brainfeeder)、ドミ&JDベックの2022年作『Not Tight』(Blue Note)