ジャズ~フュージョンの世界で頂点に立つ凄腕ベーシスト、スタンリー・クラークの来日公演が9月30日(水)~10月3日(土)にBLUE NOTE TOKYOで開催される。72年にチック・コリアのリターン・トゥ・フォーエヴァーに参加して一躍人気者となり、〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉にも出演するジェフ・ベックとの共演などでロック・ファンからも支持を獲得。上原ひろみも参加した2010年作『The Stanley Clarke Band』で第53回グラミー賞の最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞に輝くなど、1951年生まれのレジェンドが放つ威光は近年もまったく衰えていない。
そんなスタンリー・クラークを今日語るうえで欠かせないのは、サンダーキャットやカマシ・ワシントン、ロナルド・ブルーナーJrらLAの新世代ジャズ・ミュージシャンとの交流だろう。90年代にはヒップホップのサンプリング・カルチャーによって一度再発見された彼は、2014年の最新作『Up』でも披露したとおり、LAジャズ~フュージョンの歴史を踏まえつつ新しい潮流を反映させることで、いまもなお最前線に立ち続けている。彼のキャリアと今回の公演の見どころを、LAの音楽シーンを日本へ積極的に紹介し、現代ジャズを紹介するムック「Jazz The New Chapter」でも中心を担う音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明に紹介してもらった。(Mikiki編集部)
★秋の新世代ジャズ来日特集
・前編〈ロバート・グラスパー、ハイエイタス・カイヨーテetc〉はこちら
・後編〈カマシ・ワシントン、クリスチャン・スコットetc〉はこちら
サンダーキャットの登場によって再発見
黄金期から90年代に至るまでの試行錯誤
サンダーキャットのデビュー・アルバム『The Golden Age Of Apocalypse』(2011年)は、やはり大きな転機だった。ラップトップから繰り出されるベースの効いたビート・ミュージックを主体にリリースを重ね、イメージも定着し始めていたフライング・ロータスのレーベル、ブレインフィーダーからいきなり、かつてのLAのスタジオが量産したフュージョンをどこか彷彿させるようなサウンドが現れたからだ。サンダーキャットのスラップしたベースとレイドバックしたヴォーカルを中心に、兄であるロナルド・ブルーナーJrやクリス・デイヴのドラム、故オースティン・ペラルタのエレピ、カマシ・ワシントンのサックスなどをフィーチャーして作り上げられた、ファンキーでソウルフルでエレクトリックなジャズ・アルバムが登場したことで、失われていた環が繋がったように思う。それは、『The Golden Age Of Apocalypse』の冒頭の“Hooooooo”でサンプリングされているジョージ・デュークと、その朋友であるスタンリー・クラークがやってきたことが、ようやく下の世代に受け継がれていく様を聴いたからだ。特に、同じベーシストであるスタンリー・クラークは、サンダーキャットの登場によって、トータルにその活動が振り返られることになったのだ。
スタンリー・クラークは、1972年にスタートしたチック・コリアとのリターン・トゥ・フォーエヴァーと並行して、ソロ活動も精力的に進めた。1975年にリリースした3枚目のソロ作『Journey To Love』は、最初のピークと言えるアルバムで、ジョージ・デュークやジェフ・ベックも参加したフュージョンの代表作に挙げられるが、そのタイトル曲である“Journey To Love”のメロディー・ライン、ヴォーカル、そしてベースとドラムをアップデートさせた世界を、『The Golden Age Of Apocalypse』に聴くことができる。この曲はフュージョンというにはメロウで、スキルは感じさせるが超絶技巧ではない方向性で多様な要素を混ぜ合わせ、バランスを取っている。それは、現在のサンダーキャットが見せている世界のプロトタイプのように聞こえる。DJシャドウのようにこのアルバムからのサンプリング例はあったが、その世界観までを再提示したのはサンダーキャットが初めてだと言っていい。
この『Journey To Love』以降も、スタンリー・クラークはコンスタントにソロのリリースを重ね、1981年にはジョージ・デュークとのユニットであるクラーク/デューク・プロジェクトを結成するが、音楽性は、フュージョンから、ファンク、ブラジル音楽、ロック、ディスコ、R&Bと、時代と並走して 自在に変化させてきた。特に、80年代初頭までの音楽は、当時フュージョンを好んで聴いていたリスナー層、音楽的にマジョリティである人達に受け入れられて、人気を博した。しかし、それ以後のR&B/ブラック・コンテンポラリー路線の作品は、それほど高い人気も評価も得なかった。また、その展開は、コアなジャズ・リスナーや、あるいは同時代に台頭してきたパンクやヒップホップなどの新しい音楽に惹かれたリスナーとは交わることが殆どない状況でもあった。
しかしながら、スタンリー・クラーク・バンド名義で1984年にリリースされた『Find Out!』では、ブルース・スプリングスティーンの“Born In The U.S.A.”をラップでカヴァーするという実に奇妙なことをしている。続く『Time Exposure』(84年)や『Hideaway』(86年)といったアルバムでは、打ち込み主体のエレクトロやメロウ・グルーヴをいち早く取り入れてもいる。かと思えば、『If This Bass Could Only Talk』(88年)では、グレゴリー・ハインズのタップとベースのセッションを試みるなど、技巧派としての面目躍如たる試みにも挑んでいる。こうした80年代の活動は、基盤が何処にあるのか分からず、時流に流されているという批判も受けたが、フュージョンのリスナーではない、新たなターゲットを模索した試みだったのだろう。ただ、それらは的確な受け皿を見いだせないまま、時が過ぎていった。
その後、90年代に入ってからは、DJとサンプリング・カルチャーがフュージョンの発掘にも向かい、スタンリー・クラークの音楽も前述の DJシャドウやナズ、2パックなどのトラックでも使われていくのだが、実際に若い世代と交わっていくのはもう少し先のことになる。そして、アマン・サバル・レッコらを招いた『East River Drive』(1993)、アル・ディ・メオラ、ジャン=リュック・ポンティと共作した『The Rite Of Strings』(1995)などの、落ち着きを感じさせるタイトルを経て、90年代後半にはコンスタントだったソロのリリースも途絶えていった。
コンテンポラリーな現場に復帰した2000年代以降
新進気鋭のメンバーを従えた本気のステージ
2003年に久々のソロ作『1,2 To The Bass』がリリースされたが、ここで新たな変化が起こった。アルバムのタイトル曲“1,2 To The Bass”はQ・ティップとの共作で、彼のラップもフィーチャーされた。スローだがタイトなビートに、シャープで跳ねるテナー・ベース(通常の4弦ベース に6弦ベースの1~4弦を張って高い音域を出す)とQ・ティップのリズミカルなラップが見事に組み合わさった音楽性の高い楽曲だった。このアルバムは、他にグレン・ルイスとアメール・ラリューもフィーチャーさせるなど、スタンリー・クラークがコンテンポラリーな音楽の現場に戻ってきたことを示した。このリリース後、再び活発な活動を始める。
そして、エスペランサ・スポルディングをゲストに招いた『The Toys Of Men』(2007)や、マーカス・ミラー、ヴィクター・ウッテンと共にベースのアンサンブルを全面に押し出した『Thunder』(S. M. V.名義、2008)の録音には、ドラムとしてロナルド・ブルーナーJrが参加した。続く、2010年のスタンリー・クラーク・バンド名義の『The Stanley Clarke Band』の録音でも彼のドラムスはメインにフィーチャーされた。また、この頃からサンダーキャットとも演奏をする機会を持つ。そして、同バンドが2014 年にリリースした、スタンリー・クラークの現在のところの最新作でもある『Up』では、ロナルドに加えてカマシ・ワシントンがフィーチャーされた。おそらく同じ録音時期だと思うが、ロナルドたちの父であるロナルド・ブルーナー・シニア、サンダーキャット、カマシ、スタンリー・クラークの組合せのセッション音源が SoundCloudで公開されている(https://soundcloud.com/strange-jazz-universe/time-travel-made-easy)。また、こうした動きとシンクロするように、ジョージ・デュークの晩年の意欲的な2作『Deja' Vu』『Dreamweaver』にも、ロナルドやカマシらが唯一の若手としてフィーチャーされている。
『Up』は、スタンリー・クラークのこれまでのキャリアを網羅すべく、彼が演奏してきた様々な音楽の要素が散りばめられているが、そこに新たな要素として加えられているのが、ロナルドとカマシたちである。今回、来日するバンドのメンバーであるキーボードのキャメロン・グレイヴスもそういう存在だ。ロナルド・ブルーナーJr、サンダーキャット、カマシ・ワシントン、キャメロン・グレイヴスは、かつて、ヤング・ジャズ・ジャイアンツというジャズ・グループをLAのサウス・セントラルで組んでいた。ヒップホップと隣り合わせの環境でジャズを選び演奏し続けた面々が、それぞれに頭角を表し、いまスタンリー・クラークを支えている。キャメロン・グレイヴスや、グルジア出身の新進ピアニスト、ベカ・ゴチアシュヴィリ、オースティン・ペラルタが最後に選んだシンガーであるナターシャ・アグラマら実力ある若いメンバーを従えた今回の来日公演にはそんな背景がある。つまり、スタンリー・クラークは本気なのだ。
〈STANLEY CLARKE〉
日時/会場:2015年9月30日(水)~10月3日(土) BLUE NOTE TOKYO
開場/開演:
9月30日(水)~10月2日(金)
1stショウ 17:30開場/19:00開演
2ndショウ 20:45開場/21:30開演
10月3日(土)
1stショウ 16:00開場/17:00開演
2ndショウ 19:00開場/20:00開演
ミュージック・チャージ: 8,900円
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/stanley-clarke/