さくら色の新しいムードに包まれながら、ただ春を待つ。石若駿に導かれ、優雅な歌を手繰り寄せた新作には、彼女のいまが醸されていて……

 シンガー・ソングライターの藤原さくらによる5作目のアルバム『wood mood』。ジャズ・ドラマーの石若駿が、実は同世代だったという藤原の今作をトータル・サウンド・プロデュースしており、お互いにとって新しいポップス作品に向かい合った意欲的なアルバムだ。

藤原さくら 『wood mood』 Tiny Jungle(2024)

 2022年にリリースされた『ToMoYo covers~原田知世オフィシャル・カバー・アルバム』で、名曲“早春物語”を歌った藤原。その曲のサウンド・プロデュースに起用されたのが石若だった。藤原はその制作が今回のアルバムのきっかけになったと語る。

 「お互いに手応えがすごかったんです。そのときから次にアルバムを作るなら(石若と)一緒にやりたいと思ってましたし、石若さんのソロ・プロジェクトであるSongbook trio(石若+西田修大+角銅真実)を聴いたりして、サウンド作りの面でもシンパシーを感じていったんです」。

 藤原と石若という組み合わせを聞いて、今回のアルバムがジャズに寄せたものになると予想するリスナーも少なくないだろう。レコーディングは、石若が参加するバンド、SMTKからマーティ・ホロベック、松丸契、そしてCRCK/LCKSの井上銘など若いジャズ・ミュージシャンが中心で、演奏はほとんど一発録りだったという。しかし、そうしたジャズ的なコンビネーションを活かしつつ、いわゆる〈ジャズっぽくしてみました〉的な背伸び感はゼロ。むしろ、自由なアイデアと演奏で藤原の楽曲と歌がのびのびと枝を伸ばし、新たな葉や花を自然に付けているような印象だ。

 「私の根幹に、〈ジャズは多感な時期に聴きはじめた大事な音楽〉という思いがあります。最初にお父さんから教えてもらったジャンゴ・ラインハルトにハマり、曲を書くようになってからは、ノラ・ジョーンズやエスペランサ・スポルディングを聴いてました。そういう意味では、今回は原点回帰的なところがあります。でも、自分がメロディーを書いて歌うとなると、ジャズそのままにはならないんですよ。私はヒップホップもカントリーも好きだし、いろんなものに興味がある。そんないまの自分が作ったら、こういう感じに仕上がった。石若さんと私だからできることがあるなと思うんです」。

 今回の『wood mood』において“sunshine”“good night”は藤原と石若の演奏だけで出来上がったミニマムな曲。そして、“Thanks again”は作詞が藤原、作曲が石若という共作曲だ。4ビートとか即興といったイメージでのジャズではなく、彼女と彼が音楽で気持ちを交わし、予想もつかなかった新しい場所に辿り着く――そんな意味でのジャズを感じさせる。アルバム終盤には唯一のカヴァー曲“I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free”を収録。人種問題がシリアスだった60年代、ニーナ・シモンの名唱で有名になった曲だ。

 「最初は、ジャズのスタンダードを歌うのもいいかなと考えていました。でも、いまの自分が歌詞に共鳴できて歌える曲がいいと思って、この曲にしました。ニーナ・シモンのヴァージョンが大好きなんですけど、テデスキ・トラックス・バンドもこの曲を来日公演でカヴァーしていましたね。自由について歌っているこの曲は、いまの時代に最適だと思ったんです」。

 インタヴュー中に、彼女は「いまやりたいことをやれるのが、シンガー・ソングライターのいいところだと思う」と語った。その自覚があるからこそ、本作は単にジャズ・ミュージシャンと作った挑戦作という枠組を軽々と超えることができたのだろう。彼女の道を次へと切り拓く大事な道標になったと思う。

左から、藤原さくらの2020年作『SUPERMARKET』、2023年作『AIRPORT』(共にスピードスター)、藤原さくらが参加した2022年のトリビュート盤『ToMoYo covers~原田知世オフィシャル・カバー・アルバム』(ユニバーサル)、Michael Kanekoの2022年作『THE NEIGHBORHOOD』(origami)、石若駿の2023年作『SONGBOOKVI』(APOLLO SOUNDS)、ニーナ・シモンの67年作『Silk & Soul』(RCA)