©James Bellorini

問題児がやってくる!
コンポージアム2024――マーク=アンソニー・ターネジを迎えて

 ターネジという作曲家をはじめて知ったのは、1991年のこと。

この年のサントリーサマーフェスティバルで“3人の叫ぶ教皇”が演奏されたのである。ほどなくして、EMIからラトル指揮による国内盤が発売された。題材となったフランシス・ベーコンの絵をあしらったジャケット、そして16分ほどを要する1曲だけが収録されているあたりが、実にオシャレだった。

 ほのかに調性や旋法を感じさせる響きがダイナミックに炸裂するこの曲は、タケミツがアグレッシヴになったというか、坂本龍一が思いきり現代音楽風になったというか、ともかく色々なものがギッシリ詰まっているのだが、その混合ぶりは、バブルが崩壊せんとするタイミングの日本に、実にぴったりだったように思う。

 あれから30年以上(!)が経った。この間、ターネジという作曲家はどんどん活動の幅をひろげ、今やスターとして、音楽界に君臨している。

 だが、その君臨の仕方は独特だ。ひとことで言えば〈偉そう〉な感じがしない。64歳になった今も、すきあらば現代音楽界をひっくり返してやろうと狙っているフシさえある。

 そもそも、労働者階級の出身であるターネジは、お行儀よくクラシックばかりを聴いて育った他の作曲家とは異なり、若いころからマイルス・デイヴィスをはじめとするジャズ、そしてブリティッシュ・ロックに熱中していたという。

 彼はこうした体験を、そのまま自身の創作へと接続する。たとえば1996年の“ブラッド・オン・ザ・フロア”は、ギタリストのジョン・スコフィールドらを独奏者に据えた、現代風の合奏協奏曲。実際、〈ジョン・スコ〉がギターを弾き出すと、そこには後期マイルスの延長線上のような、エキサイティングなサウンドがあらわれるではないか。

 その後も彼は、2002年の“スライド・ストライド”でラグタイムの現代化を試したかと思えば、2008年の“ツイステッド・ブルース・ウィズ・ツイステッド・バラード”では、レッド・ツェッペリンを引用。さらにはビヨンセに接近した“ハンマード・アウト”(2009-10)や、ピーター・アースキンをフィーチャーした“アースキン”(2013)など、次々に現代音楽とポピュラー音楽をごちゃまぜにしていった。

 もっとも、彼の師のひとりは、ジャズとクラシックの融合を目指した〈第三の潮流〉の主唱者ガンサー・シュラーである。型破りにも見えるターネジの活動は、ある意味では60年代の師の運動を、現代的な形で受け継ぐものともいえる。意外にカワイイところもあるのだ。

 しかし、ターネジは師を越えて、オペラでも〈問題〉を引き起こす。彼の3作目のオペラ「アンナ・ニコル」(2008-10)のことだ。

 タイトルのアンナ・ニコルは実在した人物。彼女は雑誌「プレイボーイ」のモデルとして人気を博し、27歳のときに石油大富豪と結婚したのだが、このとき富豪のマーシャル氏はなんと89歳。露骨な遺産目当て、と誰もが思うだろう。翌年に氏が死去すると、遺産をめぐって親族と争いを続けるなかでアンナは精神を病んでいき、結局、39歳で薬物乱用によってこの世を去る。

 ターネジのオペラは、彼女の生涯を現代音楽、ジャズ、ポップスなどのあらゆる手段を使って描き出し、賛否両論を引き起こした。下卑たスキャンダルを題材にした、話題性狙いのオペラと思われがちだが、実はターネジの弟は薬物の過剰摂取で亡くなっている。とすれば、やはり薬物によって死亡したアンナを、どこかで弟と重ねあわせていたのかもしれない。

 さて、この問題児が5月、日本に上陸する。

 演奏されるのは師ナッセンに捧げられた“ラスト・ソング・フォー・オリー”、若くしてこの世を去ったジョン・スコの息子に捧げられた“リメンバリング”、そしてビーコン・ホールのリニューアルの際に作られた“ビーコン”など、いずれも近作にして日本初演という3作。今年最大の事件になることはまちがいない。既成の〈現代音楽〉に飽き足らない不良はみな集合するように!

 


マーク=アンソニー・ターネジ(Marc-Anthony Turnage)
初のオペラ「グリーク」(1986-88)で、モダニズムと伝統との間に独自の道を切り開いたと評価される。近作として、オーケストラ曲“シンフォニック・ムーブメンツ”(2017)、バレエ曲“ストラップレス”(2015)、協奏曲“Shadow Walker”(2017)などがある。デッカ、シャンドス、EMI、ロンドン・フィル・レーベル等に多くの録音があり、ドイツ・グラモフォンからリリースされた“Scorched”(1996-2001)はグラミー賞にノミネートされた。

 


LIVE INFORMATION
東京オペラシティの同時代音楽企画
コンポージアム2024「マーク=アンソニー・ターネジを迎えて」

マーク=アンソニー・ターネジ トークセッション
2024年5月21日(火)東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
■出演
マーク=アンソニー・ターネジ/聞き手:沼野雄司(英語通訳あり)
入場無料・事前申込不要
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=16680

マーク=アンソニー・ターネジの音楽
2024年5月22日(水)東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
■曲目
ストラヴィンスキー:管楽器のサンフォニー(1920年版)
シベリウス(ストラヴィンスキー編):カンツォネッタ op.62a
ターネジ:ラスト・ソング・フォー・オリー(2018)[日本初演]
ターネジ:ビーコンズ(2023)[日本初演]
ターネジ:リメンバリング(2014-15)[日本初演]
■出演
ポール・ダニエル(指揮)/東京都交響楽団
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=16400

2024年度 武満徹作曲賞本選演奏会
審査員:マーク=アンソニー・ターネジ

2024年5月26日(日)東京オペラシティ コンサートホール
開演:15:00
■出演
杉山洋一(指揮)/東京フィルハーモニー交響楽団
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=16401