若き俊英たちの演奏で聴くデュサパンの響き
コンポージアム2021

 日本発の国際的な音楽イべント〈コンポージアム〉は、同時代音楽の発展を重要なミッションに定めてきた東京オペラシティの核となるイベントだ。毎年一人の作曲家が招かれ、そのたった一人の作曲家が世界中からエントリーされた作品を審査する武満徹作曲賞は、若き作曲家たちの登竜門となっているし、招聘される作曲家の作品を深く掘り下げていくイベントやコンサートは、日本における作曲家受容に大きな役割を果たしている。

 2021年5月のコンポージアム2021でフィーチャーされるのは、フランスの作曲家、パスカル・デュサパンである。 ポスト・ブーレーズ時代のフランス音楽界で、フィリップ・マヌリと並んでその名が最もよく知られる作曲家のひとりであろう。個人的なエピソードになるが、私がデュサパンの名を意識するようになったのは、フランスに留学して間もない頃、大学の同級生たちと入ったルーブル美術館のすぐそば、サントノレ通りの電子タバコ屋でのことだった。その店を友人と経営しているという自分と同世代の若者に、何を専攻しているのか?と問われて音楽学だと答えると、俺の親父の作品についてはどう思うか?と笑みを浮かべて聞くのである。〈父親の作品?〉と急な問いに私は驚いてしまったが、彼はパスカル・デュサパンの息子であった。それ以来デュサパンの名を自然と意識するようになった私は、その名を頻繁に見かけるようになり、この作曲家が、パリ管弦楽団やパリ・オペラ座のプログラムにその名を連ねるフランスを代表する作曲家なのだということを知ったのだった。

 3曲の管弦楽作品が演奏される今回のコンサートは、デュサパンの音楽語法とその美学に触れる貴重な機会となるだろう。チェロ協奏曲“アウトスケイプ”は3曲のなかでは最も新しい作品で、2015年にシカゴ交響楽団とチェリストのアリサ・ワイラーシュタインのために作曲された。チェロとオーケストラが互いに近づいては離れていくプロセス(アウトスケイプ)を繰り返しながら、新しい響きとエネルギーを創造していく音楽は、デュサパンの現在の美学的関心を知る手がかりになるかもしれない。

 こうした美学的傾向は、弦楽四重奏曲第6番“ヒンターランド”(2008~2009年)にも見られる。オーケストラ付き弦楽四重奏曲で、実質的にはコンチェルトであるこの作品には〈ヒンターランド〉(ドイツ語で「後背地」の意)という謎めいたタイトルが付けられているが、この言葉は弦楽四重奏とオーケストラの関係性を暗示しており、“アウトスケイプ”に続いていく協奏的作品であろう。ちなみに副題にある〈ハパックス〉とは、特定の文学作品やテキストのなかで一度しか現れない単語を指す言語学用語である。どこかミニマル・ミュージックを思い起こさせるその音楽は、強い推進力とエネルギーを持つ極めて動的なもので、聴くものを興奮へと誘う。

 “エクステンソ”は1991年から2008年まで長期にわたって続いた管弦楽作品シリーズの第2作で、1993年から1994年にかけて作曲された。〈オーケストラのためのソロ〉といっても特定の楽器のソロ作品ではなく、核となるユニゾンの象徴的な響きから〈ソロ〉という言葉がとられている。この作品ではデュサパンのオーケストレーションの巧みさと引き締まったテクスチュアを堪能できるだろう。

 ここまで読んで、なんだか〈ムズカシソウ〉と思った方もいるかもしれないが、ヴァレーズやクセナキスを出発点とするその音楽は理屈抜きに楽しめるカッコいいものなのでご安心を!

 最後に出演者たちにも触れないわけにはいかない。同時代音楽のスペシャリスト、杉山洋一を中心に、注目の若い才能が一堂に会す。“アウトスケイプ”のソリストを務めるのは、つい先日鮮烈なN響デビューを飾ったばかりの横坂源である。また“ヒンターランド”のカルテットのメンバーもすごい。今年1月に延期開催されたコンポージアム2020でのトーマス・アデスのヴァイオリン協奏曲の名演が記憶に新しい成田達輝をはじめ、石上真由子、田原綾子、山澤慧と同時代音楽の演奏で高い評価を獲得している若き名手たちが集う。同時代音楽は良い演奏で聴いてこそ。これは聴き逃せない一夜となりそうだ。

 


PROFILE: パスカル・デュサパン(Pascal Dusapin)
作曲家。1955年5月29日、フランス・ナンシーに生まれる。ソルボンヌ大学にて造形芸術、科学、アート、美学を学んだ。またパリ国立高等音楽院でも聴講生として学ぶ。74~78年クセナキスの講義を受講、多大な影響をうけている。初のオペラ、「ロメオとジュリエット」(85~88年)に始まり、ハイナー・ミュラーのテクストによる「メディアマテリアル」(91年)など、特にオペラの分野での活躍は国際的に知られている。そのほかにも、各種楽器の独奏、室内楽、オーケストラと幅広い分野で多くの作品がある。

 


EVENT INFORMATION
コンポージアム2021

パスカル・デュサパンの音楽
2021年5月27日(木)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
出演:杉山洋一(指揮)/横坂源(チェロ)*/弦楽四重奏:成田達輝、石上真由子(ヴァイオリン)、田原綾子(ヴィオラ)、山澤 慧(チェロ)**/東京都交響楽団
曲目:デュサパン:チェロ協奏曲“アウトスケイプ”(2015年)[日本初演]*/弦楽四重奏曲第6番“ヒンターランド”~弦楽四重奏とオーケストラのためのハパックス(2008~2009年)**/エクステンソ ~オーケストラのためのソロ第2番(1993~94年)

パスカル・デュサパン トークセッション ※中止
2021年5月26日(水)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
出演:パスカル・デュサパン/小沼純一(聞き手)/藤本優子(フランス語通訳)

2021年度 武満徹作曲賞本選演奏会
2021年5月30(日)東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
開演:15:00
出演:パスカル・デュサパン(審査員)/阿部加奈子(指揮)/東京フィルハーモニー交響楽団
※2021年度武満徹作曲賞審査員パスカル・デュサパン氏は、高音質・高画質の通信を用いて当日の本選演奏をパリで聴き、審査を行います(審査結果は本選演奏会翌日にホームページ等で発表の予定です)

https://www.operacity.jp/
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