
ヤバい電波が東京に襲来! ゲオルク・ハースの音楽世界
一般に〈アルペンホルン〉の名で知られる、アルプホルン、という楽器がある。主にスイスの山地で古くから用いられている、ひどく長いラッパのようなものだ(アニメ「アルプスの少女ハイジ」の冒頭部分を思い起こす人も多いだろうが、あの音自体は普通のホルンによるもの)。なんとこのホルン4本を独奏に用いた、奇天烈な協奏曲がある。1953年、オーストリアに生まれたゲオルク・フリードリヒ・ハースの“コンチェルト・グロッソ第1番”(2014)である。
当然ながら、山間に響くのどかな民謡のごとき曲ではない。終始一貫して、アルプホルンのいささか調子っぱずれの音(小難しくいえば平均律を外れた音)がオーケストラと激しく摩擦を起こしながら進んでゆくという、ちょっとばかりクレイジーな代物。そもそもハースは、一昨年には、少しずつ調律をずらしたピアノ50台(!)を用いた楽曲“11,000本の弦”(2023)で話題を呼んだ人物なのだ。
この〈危険人物〉が、5月に東京オペラシティの同時代音楽企画〈コンポージアム〉のために、日本にやってくる。
現代音楽の世界において、ハースという作曲家は〈倍音〉〈微分音〉に魅せられ、その可能性を徹底的に探求してきた作曲家として知られる。ちなみに、微分音というのは、半音よりも狭い音程のこと。例えば、ピアノの鍵盤では、シとドは隣り合っているけれども、その中間の音が微分音だ。シよりちょっと高く、ドよりはちょっと低い音。もちろんピアノの場合、調律を変えないかぎり、この音は出ないわけだが、弦楽器や管楽器であれば、それなりに演奏が可能だ。
ハースはこの微分音を用いて、従来の音楽では得られなかった新しい響きを次々に開拓してきた。彼の曲のなかではつねに、音響実験のように微分音がたゆたい、平均律と微妙にバッティングしながら、実に不思議な揺らぎを形成する。それは〈現代音楽〉の、冷たく、硬い響きとはかなり異なる世界といってよいだろう。強いて言うならば、何やら宇宙空間に漂う電波を音響化したような(?)趣があるのだ。きわめて斬新かつあたらしいけれども、決して難解ではない。
さて、5月22日に行われる〈ゲオルグ・フリードリヒ・ハースの音楽〉と題された演奏会では、まず、前半にメンデルスゾーン“フィンガルの洞窟”、そしてマーラーの“交響曲第10番からアダージョ”が演奏されるあたりが面白い。
実はハースはかつて、あるインタヴューで、メンデルスゾーンを「最初の12音技法作曲家」だと述べているのだ(たしかに“真夏の夜の夢”序曲の中には、ほんの一瞬だが12の音すべてがあらわれる部分がある)。一見すると穏やかな作品の中に仕込まれた、小さな牙を見いだしながら、彼はメンデルスゾーンの前衛性を説くのである。
かくして当夜は、1830年にメンデルスゾーンが書いた“フィンガルの洞窟”、そしてマーラーが1910年に書きはじめ、調性崩壊ギリギリの響きのまま未完となった“交響曲第10番”に続いて、ハース自身が2010年代に入ってから書いた2曲が続けられる。プログラム全体は、隠れ無調→ほとんど無調→微分音作品、という具合に、およそ200年の間の音楽史をゆるやかに俯瞰するものになるわけだ。
さて、後半はハースの2曲。ひとつめは“... e finisci già?”(2011)。モーツァルトのホルン協奏曲(k. 412)の最初の和音を出発点にして、まったく異なる微分音世界が展開する楽曲だ。ハース入門にも最適だろう。そしてふたつめが先にも述べた、アルプホルン4本とオーケストラという破天荒な“コンチェルト・グロッソ第1番”。なにしろ、この曲のためにアルプホルンのカルテット(!)が来日するというのだからまったくイカれて、いや、いかしているではないか。
〈コンポージアム〉はこれだけではない。まず、演奏会に先立って、5月21日にトーク・セッションが行われる(入場無料。不詳ワタクシが聞き手を務めます)。そして25日は彼が審査員を務める〈2025年度武満徹作曲賞〉の本選会。
この3日間、東京オペラシティに通えば、あなたも立派なハース通だ。5月に会場でお会いしましょう。
ゲオルク・フリードリヒ・ハース(Georg Friedrich Haas)
1953年、オーストリア、グラーツ生まれ。グラーツ国立音楽大学にてゲスタ・ノイヴィルトに作曲を、ドリス・ヴォルフにピアノを学ぶ。その後ウィーン国立音楽大学にてフリードリヒ・ツェルハに師事。グラーツ国立音楽大学とバーゼル音楽院にて教えたのち、2013年からはトリスタン・ミュライユの後任としてニューヨークのコロンビア大学作曲科教授を務めている。
LIVE INFORMATION
東京オペラシティの同時代音楽企画
コンポージアム2025
ゲオルク・フリードリヒ・ハースを迎えて
ゲオルク・フリードリヒ・ハース トークセッション
2025年5月21日(水)東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
■出演
ゲオルク・フリードリヒ・ハース
沼野雄司(聞き手)
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=17111
ゲオルク・フリードリヒ・ハースの音楽
2025年5月22日(木)東京オペラシティ コンサートホール
開演:19:00
■出演
ジョナサン・ストックハンマー(指揮)
ホルンロー・モダン・アルプホルン・カルテット
読売日本交響楽団
■曲目
メンデルスゾーン:序曲“フィンガルの洞窟” op. 26
マーラー:交響曲第10番嬰ヘ長調から「アダージョ」
ハース:“... e finisci già?”~オーケストラのための(2011)[日本初演]
ハース:コンチェルト・グロッソ第1番~4本のアルプホルンとオーケストラのための(2014)[日本初演]
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=17112
2025年度 武満徹作曲賞本選演奏会
審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース
2025年5月25日(日)東京オペラシティ コンサートホール
開演:15:00
■出演
阿部加奈子(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団
https://www.operacity.jp/concert/calendar/detail.php?id=17113