© Priska Ketterer

同時代音楽企画〈コンポージアム2018〉は、韓国出身、ベルリンを拠点に活躍を続けているウンスク・チンを迎えて

 今から20年前、世界18カ国の若い作曲家から応募が集まった〈武満徹作曲賞〉において前代未聞の事件が起きた。譜面審査の時点ですべての作品が落選したのだ。これにより、オーケストラの演奏による本選会は急遽中止に……。この判断を下した張本人こそ――現代音楽以外の世界では、映画「2001年宇宙の旅」で音楽を無断使用された作曲家として知られる――ジェルジュ・リゲティ(1923–2006)であった。

 自作の演奏に対してブーイングをするなど、他者に対して辛辣な対応をとったエピソードが生涯にわたって残されているぐらいなので、リゲティは自分の弟子に対しても相当に厳しかった。最先端のアヴァンギャルドな作曲技法を身につけるだけでなく、常にクラシカルな作品から学び〈続ける〉こと。その上で自分の個性を見いだすこと……リゲティがこうして作曲家の進むべき理想像を厳格に提示すればするほど、スランプに陥ってしまう弟子もいたという。韓国出身のウンスク・チンがまさに、そのひとりであった。

 ソウル大学で作曲を学んだチンは、20代前半で権威ある現代音楽の作曲賞を獲得。それから意気揚々とドイツに留学して、弟子入りの許可がおりたリゲティの邸宅に向かったに違いない。しかし初回のレッスンでリゲティは無情にも言い放ったのだ、チンの作品は既存の前衛音楽の猿真似に過ぎないと。それから3年余り、この厳格な師匠のもとで作曲を学んだチンであったが、自分の作品リストに残せるような作品を書き上げることはついぞ出来なかった。

 そんな状況を抜け出す転機となったのは、エレクトロニック・ミュージック(電子音楽)との出会いであったという。伝統的な作曲技法にとらわれすぎていた自分に気付いたチンは、コンピュータを用いてアコースティックな楽器のサウンドを拡張するような作品を手がけ始める。例えば、楽器音から電子音へと切れ目なく変化させたり、雑音の多いノイジーな音を取り入れたり、音調を狂わせていったり……。当然、チンはある時ひらめいたのだろう。楽器だけでも同じことが出来ないかと。

 そうして書かれたのが出世作となった“折句―言葉の遊戯”(91–93)である。複数の楽器を繊細に絡ませ合うことで、電子音響のような新鮮なサウンドを創出しようとした作品だ。織物のように編み込んでいく書法は、そもそもリゲティが得意としていたものだが、サウンドの方向性は大きく異なっている。更には言葉遊びのような歌詞が加わることで、音楽がファンタジックな領域へと飛翔していく。この作品が認められたことで、チンは大手出版社と契約。国際的な作曲家としてのキャリアを本格的にスタートさせた。

 楽器編成が大きくなっても、編み込んでいくような書法は踏襲されたが、聴衆にとって複雑な織物のどこに焦点をあわせて聴くべきかは案外と難しい。独奏者をおく協奏曲をチンが数多く手がけているのは、この問題を解決する良策だからであろう。“ピアノ協奏曲”(96–97)と“ヴァイオリン協奏曲”(2001)の成功により、オーケストラの作曲家としても名声を獲得する(とりわけ後者は、この20年に作曲されたあらゆる現代音楽のなかで最も美しい作品のひとつだと断言したい)。

 2018年現在、アジア出身の作曲家のなかでは中国のタン・ドゥン、日本の細川俊夫と並ぶフロントランナーとなったチン。そんな彼女が9年ぶりに来日し、講演会や演奏会を開催する。とりわけ5月24日の演奏会は、チンが信頼を寄せる音楽家によってクオリティが担保されている貴重な機会だけに聴き逃がせない。E.T.A.ホフマンの小説「砂男」(バレエ「コッペリア」の原作)に着想を得た“マネキン”(2014–15)、前衛でも保守でもポストモダンでもない新しい可能性を追求した“クラリネット協奏曲”(2014年)、作曲から既に30回も再演された代表作“チェロ協奏曲”(2008/09, rev. 2013)と、ここ10年に書かれた近作3つによるラインナップだ。現代音楽に馴染みがなくても、協奏曲での想像を絶する超絶技巧に舌を巻くこと間違いなし。ウンスク・チンの音楽に痺れてほしい。

 


PROFILE: ウンスク・チン(Unsk Chin)
作曲家。61年7月14日、韓国・ソウル生まれ。独学でピアノと音楽理論を学んだ後、ソウル大学でスキ・カンに最初の作曲教育を受ける。85年ドイツ学術交流会(DAAD)奨学生として留学、ハンブルク音楽演劇大学でリゲティに師事する。1988年ベルリンに移住、ベルリン工科大学電子音楽スタジオで活動した。アルノルト・シェーンベルク賞(2005)、ウィフリ・シベリウス音楽賞(2017)など受賞歴多数。2006~2017年ソウル・フィルハーモニー管弦楽団のコンポーザー・イン・レジデンスおよびコンテンポラリーミュージック・シリーズ芸術監督、2011年からはフィルハーモニア管弦楽団現代音楽シリーズ〈ミュージック・オブ・トゥデイ〉芸術監督を務めている。2018年度武満徹作曲賞審査員。

 


EVENT INFORMATION

コンポージアム2018 ウンスク・チンを迎えて
会場:東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアル
○5月23日(水) 19:00開演 講演会〈ウンスク・チン、自作を語る〉【入場無料】
○5月24日(木) 19:00開演 〈ウンスク・チンの音楽〉
ウンスク・チン:マネキン(2014-15)[日本初演]
クラリネット協奏曲(2014)[日本初演]
チェロ協奏曲(2006-08、rev.2003)[日本初演]
イラン・ヴォルコフ(指揮)、ジェローム・コント(クラリネット)
イサン・エンダース(チェロ) 読売日本交響楽団
○5月27日(日) 15:00開演 〈2018年度武満徹作曲賞本選演奏会〉

www.operacity.jp/concert/compo/2018/