©Steve Gullick

優しい歌と魂に火を灯す演奏で人々の大合唱を巻き起こしてきたスコットランドの雄が10作目のアルバムを完成! 〈もっとも私的な歌〉はどこから生まれ、何を映している?

 「実はいま、少し疲れているんだ。昨晩メンバーと飲みに行ってね。昔、初めてバンドでロンドンに行ったときにバー巡りをしたんだけど、そのときに行ったバーを全部回ったんだよ。有名なワールズ・エンドとか。で、最後に寄ったバーが最高に良い音楽を流していたから、みんなで踊りまくったんだ。普段は踊らない僕もね。というわけで疲れているんだけど、気分は最高だよ(笑)」。

 なんて、現編成になって30周年を迎えているバンドとは思えないほどの仲良しエピソードをいきなり披露してくれたトラヴィスのフラン・ヒーリー(ヴォーカル/ギター)。スコットランド出身、ブリットポップ後期のデビュー以降、多くの名曲を残してきたバンドは、7月に通算10作目となるニュー・アルバム『L.A. Times』をリリースする。この新作には、2022年に開催したサード・アルバム『The Invisible Band』(2001年)の20周年記念ツアーも、大きなインスピレーションのひとつになったという。

 「『The Invisible Band』を全曲を演奏していると、2021年に亡くなった映像作家のリンガン・レドウィッジを感じずにはいられなかったんだ。僕は彼の大、大、大親友だったんだよ。彼が危篤だと聞いて、僕たちは彼の家に向かい、多くの友人たちとその一日を過ごした。皆で酒を飲み、横たわる彼の隣で賑やかに振舞っていると、誰かが僕に〈何か歌ってくれ〉と頼んできてさ。そのとき、彼からインスパイアされて出来上がった曲があることを思い出した。それは『The Invisible Band』収録の“Humpty Dumpty Love Song”。その曲を作る前に、彼がハンプティ・ダンプティをモチーフにした“Coming Around”のMVを作ってくれたからね。歌い出してすぐ、20年前の曲だけど、この瞬間のために書かれたものなんだと気付いた。それからツアーで毎晩、あの曲を歌った。僕らはお金のためではなく、心が折れたときや何かを伝えたいときに曲を書いて、歌う――そう再認識したことは新作に影響を与えたと思う」。

TRAVIS 『L.A. Times』 BMG(2024)

 リンガンに捧げられた“Alive”、フランが2019年に別れた妻へのスウィートな想いを綴った“Live It All Again”などを含む『L.A. Times』は、フランにとって〈『The Man Who』(99年)以降、もっとも私的な作品〉になったそうだ。

 「すべてを明かすことはできないけれど、この数年の僕の人生は激動だった。それと同じで『The Man Who』を制作していた頃も、祖父や叔父など親しい人が亡くなったんだよね。人と人の関係は地球と月みたいなもので、どちらかが消えると残ったほうも同じではなくなる。軌道だったり潮の満ち引きだったり。僕の人生も変化を迎えていたし、そこで心に何が起きているのかを理解するために曲を書かねばならなかった」。

 一人のパーソナルな感情を出発点にしつつ、本作での4人のアンサンブルは活き活きとしていて、チアフルかつ力強い。それには躍動的な音作りを得意とするプロデューサー、トニー・ホッファーの貢献もあるだろう。クリス・マーティン(コールドプレイ)とブランドン・フラワーズ(キラーズ)がコーラスで参加した“Raze The Bar”、ブギーなグラム・ロック調を展開する“Gaslight”、ひときわウォームで陽性の魅力を放つ“Home”などは、繊細なメランコリアとラッドなヴァイブスの双方を併せ持っており、初期のトラヴィスに近い印象だ。一方で、90年代のイールズを想起させるブレイクビーツを配したブルース“I Hope That You Spontaneously Combust”、ポエトリー・リーディングによる歌唱でチキチキ系のサウンドを乗りこなす“L.A. Times”といった楽曲はフレッシュに響く。

 「“L.A. Times”は音に導かれて、語り口調のヴォーカルになったんだけど、歌詞はLAのスキッド・ロウという貧しい人やホームレスが暮らす地域を、腕に宝石をたくさん付けた男の運転する黄色いランボルギーニが走っているのを見た経験が基になっている。なぜ、この世の中はこんなにも格差が広がっているのか、なぜ国家は貧しい人を助けようとしないのか、そういう疑問をぶつけたんだ」。

 その曲は、アルバムで唯一、バンド全員が作曲にクレジットされている。最後に、なぜ30年もの間、4人は良好な関係を続けていけるのかを尋ねた。

 「答えは簡単。解散に至るような出来事が何も起こっていないから。もちろんいろいろあったけど、活動を止めさせるような事件はなかった。僕らが友達じゃなくなるようなことは何もね」。

『L.A. Times』に参加したアーティストの関連作。
左から、キラーズのベスト盤『Rebel Diamonds』(Island) 、コールドプレイの2021年作『Music Of The Spheres』(Parlophone)、トニー・ホッファーがミックスを手掛けたアルバート・ハモンドJr の2023年作『Melodies On Hiatus』(Red Bull)

トラヴィスの過去作を一部紹介。
左から、2020年作『10 Songs』(Townsend/BMG)、ライヴ盤『The Invisible Band Live』(Concord)、2001年作『The Invisible Band』、99年作『The Man Who』(共にIndependiente)